働き方・キャリア

「残業しても平気」という感覚が一番危ない

残業が続いていても苦しくないと感じているなら、その感覚こそ確かめたほうがいいサインかもしれません。長時間労働で幸福度が上がる「麻痺」と、疲れの自覚が薄れる「過剰適応」という2つの仕組みを紹介し、感覚に頼らず自分の状態を確かめる公的なセルフチェックや相談窓口もまとめました。

江原 和比己(産業カウンセラー/かずな総合研究所代表)

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この記事の要点

  • 月60時間を超える残業では幸福度が上がる一方、強いストレスを感じる割合は残業しない人の1.6倍、重篤な病気・疾患がある割合は1.9倍に上る
  • 相当な長時間労働をしているのに疲労やストレスの自覚症状が少ない「過剰適応」の兆候がある人は、調査でおよそ17%
  • 「好きだから平気」という感覚も、仕事への衝動が強い人ほど健康を損ねやすい傾向と背中合わせ
  • 感覚に頼らず、公的なセルフチェックや産業医面接指導で客観的に確かめられる

残業が続いているのに、なぜか苦しくない。むしろ「自分はまだやれる」と思える。そう感じているなら、少し立ち止まって確かめたほうがいいことがあります。長時間労働の研究では、「つらい」と感じることこそ体を守る警報であり、その警報が鳴らなくなること自体が危険信号だとわかっています。

月60時間を超えると、幸福度が上がる

パーソル総合研究所が中原淳氏と行った、会社員6,000人を対象にした調査があります。残業時間が増えるほど幸福度はいったん下がっていくのに、月60時間を超えたところで逆に上がり始めるという、一見不思議な結果が出ました。

ふつうなら、幸福度が上がるほど、しんどさは減っているはずです。ところが同じ調査で、月60時間以上残業している人は、残業をしていない人に比べて、強いストレスを感じている割合が1.6倍でした。幸福度とストレスは、同じ人の中で同時に上がっていたのです。

強いストレスを感じている人の割合(残業をしていない人を1.0倍とした場合)

残業をしていない人 1.0倍
月60時間以上残業する人 1.6倍

(パーソル総合研究所×中原淳「希望の残業学プロジェクト」, 2018年)

重篤な病気や疾患がある割合も1.9倍に上ります。長時間労働で幸福感が上がること自体が健康被害を軽視させてしまう可能性があると、調査を行った研究チームは指摘しています。この現象を、研究チームは「麻痺」と名づけました。

疲れの自覚そのものが薄れる人がいる

長時間労働の影響は、ふつうは「疲れて何もやる気になれない」という感覚として表れます。労働政策研究・研修機構の小倉一哉氏が、約3,000人を対象に行った調査があります。

月50時間を超える残業をしている人では、過半数がそう回答しました。50〜74時間では約6割、75時間以上では7割強に増えていきます。時間が長くなるほど大半の人が疲れを感じるのは、自然な反応です。

その一方で、相当な長時間労働をしているのに疲労やストレスの自覚症状が少ない人たちが、およそ17%見られました(小倉氏自身、同様の調査を重ねないと明確な数字は分からないと注記しています)。これが「過剰適応」と呼ばれる状態です。

法政大学の廣川進氏によると、この状態になりやすいのは、真面目でがんばり屋、仕事熱心、頼まれると断れない、周囲に気遣いをする、自己犠牲的といった特徴を持つ人だとされます。いずれも職場で高く評価されやすい特性であり、評価されるからこそ、本人も周囲も不調に気づきにくくなります。

「好きだから平気」も、同じ危うさをはらむ

「仕事が好きだから、長時間でも苦にならない」という感覚も、額面どおりには受け取れません。日本労働研究雑誌に発表された藤本隆史氏の研究は、仕事を心から楽しんでいる状態と、会社を離れても仕事のことが頭から離れない「衝動」で働いている状態を区別しています。

仕事を楽しんでいる状態は心身の健康にプラスに働く一方、衝動で働いている状態は労働時間を延ばしたうえに、心身の健康を悪化させる方向に働く傾向が確認されました。厄介なのは、この二つが同時に存在しうることです。

研究では、仕事を楽しんでいて、なおかつ衝動も強いタイプは、衝動が弱いタイプに比べて健康状態が良くない傾向が確認されています。「好きでやっている」という感覚だけでは、衝動の要素が紛れ込んでいないかまでは確かめられません。

感覚でなく、数字で確かめる

自分の状態は、感覚だけに頼らなくても確かめられます。ひとつは、時間外労働の長さを目安にすることです。過労死の労災認定基準は、時間外労働が月45時間・80時間・100時間を、体への負担が強まっていく節目としています。

この基準のもとになった検討会の計算では、月45時間ならおよそ7.5時間、80時間ならおよそ6.0時間、100時間ならおよそ5.0時間というように、時間外労働が増えるほど睡眠時間が削られていくことが示されています。「つらくない」という感覚と関係なく、時間外労働の長さそのものが、体への負担を示す目安になります。

もうひとつは、公的なセルフチェックを使うことです。厚生労働省の「こころの耳」には、過労死した人の労災申請の記録をもとに作成された働く人の過労徴候度セルフチェック(全26問、所要時間約5分)があります。

質問はいくつかのまとまりに分かれていて、まとまりごとに、症状の重さに応じた受診や相談の目安が添えられています。

時間外労働が月80時間を超え、疲労の蓄積があるときは、本人が申し出れば事業者は医師による面接指導を実施する義務があります。勤め先に産業医がいない小規模な職場でも、地域産業保健センターの面接指導を利用できます。

一人で抱えない

「大丈夫」だと思っていても、身近な人に自分の働き方を話してみることには意味があります。話しにくいときは、国の窓口もあります。厚生労働省の「こころの耳電話相談」は、フリーダイヤル0120-565-455で無料相談ができます。

受付は平日17時から22時まで、土日10時から16時までです。番号を非通知にした電話は2026年1月から受け付けていないため、番号を通知してかけてください。電話が苦手なら、同じ「こころの耳」にSNS相談とメール相談もあります。

長時間の残業を「つらくない」と感じていた時期を振り返ったnoteの記事「月250時間残業しても、つらくなかった」——その感覚が一番危ないもあります。

「平気」は強さの証明ではなく、感覚と体の状態がずれているサインです。数字で確かめながら、一人で抱えずにいることが、麻痺に気づく最初の一歩になります。

※ 出典: パーソル総合研究所×中原淳「希望の残業学プロジェクト」会社員6,000人調査(2018年)、労働政策研究・研修機構 小倉一哉「働き過ぎの日本人(中)過剰適応の人は要注意」(2005年)、法政大学キャリアデザイン学会 廣川進「過剰適応研究の動向」(2021年)、日本労働研究雑誌 藤本隆史「ワーカホリックと心身の健康」(2013年6月号)、厚生労働省「脳・心臓疾患の労災認定基準改正に関する4つのポイント」、厚生労働省「こころの耳」島悟「過重労働とメンタルヘルス」、厚生労働省「こころの耳」働く人の過労徴候度セルフチェック(過労死等防止調査研究センター「過労徴候しらべ」調査票に基づく)、厚生労働省 長時間労働者への医師による面接指導制度、厚生労働省「こころの耳電話相談」。

江原 和比己(えはらかずひこ)—— 産業カウンセラー(日本産業カウンセラー協会認定)/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員/かずな総合研究所 代表。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。100kmウルトラマラソン完走者。

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