要点
梅雨どきに働く人の身体活動が落ちる主因は、天気そのものよりも「本格的に運動できないなら何もしない」という0か100かの思考である。在宅勤務日は職場勤務日より歩数が平均で約59%減少し(厚生労働科学研究, 2023)、通勤という無意識の運動が失われた状態に、雨の日の外出回避が重なる。本稿は、厚生労働省の身体活動指針と産業カウンセラーとしての臨床的視点を統合し、「雨だから動けない」を「雨でもこれくらいなら動ける」へ転換する鍵として、雨天活動の0か100か構造を独自に分析したものである。放置すれば体の重さは仕事のパフォーマンスへ静かに波及するが、1日10分の上積みから始める段階設計で、梅雨期の活動量は実務的に維持できる。
「雨だから動けない」が意味するもの
梅雨期の運動不足とは、降雨という環境要因そのものではなく、「本格的な運動ができない日は活動量をゼロにしてよい」とする0か100かの判断が、本来可能な最小活動を切り捨てる行動パターンである。
働く人が梅雨に直面する典型的な場面は、いくつかに整理できる。在宅勤務で通勤がなくなり、1日の移動が「デスク・トイレ・冷蔵庫」の範囲に収束してしまう。出社日であっても「駅まで濡れるのが嫌だ」と最短ルートやタクシーを選び、これまで歩いていた距離が消える。もともと散歩を習慣にしていた人が「濡れるし傘が面倒」で一度やめ、再開のきっかけをつかめなくなる。いずれも、雨そのものより「動かない選択」が静かに積み重なっていく場面である。
自身の状態を判定する目安として、以下が複数当てはまるなら活動量の低下が起きている可能性が高い。
- 在宅勤務の日に、一度も外に出ないことがある
- 雨が続くと、夕方に体が重く頭がぼんやりしたまま残りの仕事をしている
- 「梅雨だから仕方ない」と考えて、体の重さを流している
- 「ちゃんと運動しないと意味がない」と感じ、結局その日は何もしない
- 一度途切れた習慣を、雨が上がっても再開できていない
データとエビデンス
在宅勤務で失われる歩数
| 項目 | 数値 | 出典 |
|---|---|---|
| 在宅勤務日の歩数減少(同一個人内比較) | 平均4,792歩・約59.2%減 | 厚生労働科学研究, 2023 |
| 在宅勤務で歩数が低下した労働者の割合 | 約92% | 厚生労働科学研究, 2023 |
| 職場勤務時の平均歩数 | 8,046歩/日 | 厚生労働科学研究, 2023 |
| 在宅勤務時の平均歩数 | 3,284歩/日 | 厚生労働科学研究, 2023 |
| 20代労働者の歩数差(最大の年代) | 5,609歩減(7,526歩→1,917歩) | 厚生労働科学研究, 2023 |
| 週5日テレワーク者の1日平均歩数 | 約3,194歩(出勤者7,214歩の半分以下) | 厚生労働科学研究, 2024 |
首都圏の正社員177名に活動量計を8日間装着し、同一個人の中で在宅勤務日と職場勤務日を比較した調査では、在宅勤務日の歩数が平均4,792歩減少した(厚生労働科学研究, 2023)。注目に値するのは、この減少が特定の人に偏らず約92%の労働者で起きていた点である。先行研究では労働者は通勤中に1日の中高強度身体活動の約64%を行っており、通勤の消失が活動量低下の主因と整理されている。この構造の意味は後段で扱う。
職場勤務時と在宅勤務時の平均歩数を並べると、差の大きさが数値以上に実感できる。
梅雨期に不調が集中する分布
| 項目 | 数値 | 出典 |
|---|---|---|
| 「なんとなく不調」の経験率(全体) | 78.3%(女性82.8%・男性73.9%) | ツムラ, 2025 |
| 不調を感じる日数 | 1カ月平均11.2日 | ツムラ, 2025 |
| 不調への対処をしていない人の割合 | 42.2% | ツムラ, 2025 |
| 気象関連の不調を最も感じる月 | 6月(17.0%)と11月(16.0%)が突出 | ツムラ, 2025 |
| 梅雨に体調不良を感じた経験がある人 | 約48% | 大研バイオメディカル, 2024 |
病名のつかない「なんとなく不調」を経験した人は全体の78.3%にのぼり、その不調を最も感じる月として6月と11月が突出している(ツムラ, 2025)。同時に、4割超が「特に対処していない」と回答している。不調が集中する時期と、対処の空白が重なっている点が、この分布の特徴である。
身体活動の現状と公的な目安
| 項目 | 数値 | 出典 |
|---|---|---|
| 成人の歩数目標 | 1日約8,000歩以上 | 厚生労働省, 2024 |
| 成人の現状平均歩数(令和元年) | 6,278歩(年々低下傾向) | 厚生労働省, 2024 |
| アクティブガイドの中核方針 | 今より10分多く動く「+10(プラス・テン)」 | 厚生労働省, 2024 |
| 座位行動の推奨 | 30分ごとに立ち上がるなど頻繁に中断 | 厚生労働省, 2024 |
| +約1,000歩(約10分)の効果 | 生活習慣病発症・死亡リスクが約3%低下 | 厚生労働科学研究, 2024 |
厚生労働省の身体活動指針は、完璧な運動ではなく「今より10分多く動く」という最小の上積みを基本方針に据えている(厚生労働省, 2024)。あわせて、長時間の座位行動を30分ごとに中断することが、食後血糖値やインスリン抵抗性などのリスク低下に重要とされる。約1,000歩は約10分の歩行に相当し、それだけで生活習慣病の発症・死亡リスクが約3%低下するという試算もある(厚生労働科学研究, 2024)。
動くことと気分の関係
| 項目 | 内容 | 出典 |
|---|---|---|
| 運動療法の抗うつ効果 | 軽度〜中等度のうつに対し、運動療法と抗うつ薬の寛解率はほぼ同等 | 功刀浩医師(COMHBO) |
| 再発予防 | 改善後、自宅で運動を続けた群の再発率は薬物継続群より有意に低い | 功刀浩医師(COMHBO) |
| 「休息」の本来の意味 | ストレス環境から距離を置く心理的休息であり、終日ベッドで安静ではない | 功刀浩医師(COMHBO) |
| リズム運動とセロトニン | 歩行・呼吸・咀嚼などのリズム運動が脳のセロトニン神経を活性化。目安は5〜30分 | 有田秀穂・東邦大名誉教授(Cotree) |
軽度から中等度のうつに対して、運動療法は抗うつ薬と同等レベルの寛解率を示すという報告がある(功刀浩医師, COMHBO)。さらに、改善後に自宅で運動を続けた群の再発率は、薬物療法を続けた群より有意に低かった。功刀医師は、うつにおける「休息」の本来の意味は「ストレスのかかることから離れる」ことであって、「ベッドで安静にしていなさい」ではないと指摘する。歩行などの規則的なリズム運動が脳のセロトニン神経を活性化すること、その目安が5〜30分であることは、有田秀穂・東邦大名誉教授も同趣旨を述べている(有田秀穂, Cotree)。これらの知見が梅雨期の行動にどう接続するかは、次章で扱う。
データが示す構造と、産業カウンセラーとしての見立て
このデータ群を行動科学の視点で読むと、認知の歪み、二分法的思考、学習性無力感、行動活性化、再起動コスト、座位行動といった鍵が浮かぶ。梅雨期の活動量低下は、気象の問題である以上に、判断と習慣の問題である。
雨の日に活動がゼロになる本当の理由
産業カウンセラーとしてクライアントと向き合う中で繰り返し見えてくるのは、「ちゃんとやらないと意味がない」という完璧主義が、結果としてゼロを生むという逆説である。本格的な運動ができない雨の日は何もしない。この二分法的思考が、本来可能だった「駅ひと駅分を歩く」「その場で5分足踏みする」「窓際で体を動かす」といった最小活動まで切り捨ててしまう。
ここで雨天活動の0か100か構造を定義する。
雨天活動の0か100か構造とは、「本格的な運動ができない日は活動量をゼロにしてよい」という二分法的判断が、本来可能な最小活動(10分の上積み・駅ひと駅・座位の中断)まで一括して切り捨てる行動パターンを指す。
この構造を図にすると、判断が最小活動まで一気に切り捨てる連鎖が見える。
雨天活動の0か100か構造
雨で本格的な運動ができない
梅雨の外出回避や在宅勤務で、まとまった運動の機会が失われる。
「ゼロにしてよい」という0か100かの判断
本格的にできないなら何もしなくてよい、という二分法の基準が働く。
最小活動まで切り捨てる
駅ひと駅・5分の足踏み・座位の中断といった、本来可能だった行動も失われる。
公的指針が「完璧な運動」ではなく「今より10分多く動く」を中核に据えているのは(厚生労働省, 2024)、この0か100か構造を解くためだと読める。問われているのは運動強度ではなく、「これくらいでいい」という基準を持てるかどうかである。基準が0か100かである限り、雨はいつでもゼロの口実になる。
「動かない安静」がかえって重さを長引かせる
もう一つの見落とされやすい構造は、「梅雨だから休む」という判断が、しばしば「動かない」と同義に運用される点にある。功刀医師が指摘するように、休息の本来の意味は心理的にストレス環境から距離を置くことであって、身体を終日止めることではない(功刀浩医師, COMHBO)。長期の身体的不活動はむしろ不調を増悪させうる。
つまり、梅雨期に体が重いとき、「休む=動かない」を選ぶと、重さの一因である不活動をさらに強める。ここに、約25年の組織経験を通じて見えてきた働く人の落とし穴がある。真面目な人ほど「きちんと休もう」として終日動かず、翌週さらに体が重くなって戻ってくる。動くことと気分の関係を示すエビデンスは、危機を煽るためではなく、「だから少し動くと違ってくる」という後押しとして読むのが妥当である。
在宅勤務の「楽になった」という錯覚
在宅勤務日の歩数が約59%減るという一次データ(厚生労働科学研究, 2023)が示すのは、通勤という「無意識の運動」がいかに大きかったかである。通勤は本人が運動と認識しないまま、1日の中高強度活動の大半を担っていた。在宅勤務はそれを「動かなくて済む」楽さとして体験させるが、実態は「動けていない」への転換である。
この統計には限界もある。歩数計は活動の量を捉えても、本人が体の重さを「梅雨のせい」と帰属しているか、「運動不足のせい」と帰属しているかは捉えない。臨床的に見ると、多くの働く人は前者で処理しており、だからこそ対処の空白が生まれる。不調を感じる人の42.2%が無対処であった調査結果は(ツムラ, 2025)、この帰属の誤りと地続きである。データの数字よりも、この帰属の誤りのほうが行動を止めている。
推奨アクション
梅雨期の活動を維持する要点は、強度を上げることではなく、ゼロにしない仕組みを持つことである。
雨の日でも乗る「場面」をあらかじめ決めておくと、判断のたびに悩まずに済む。通勤動線では一駅手前で降りて濡れない区間だけ歩く、駅ナカや地下街は端から端まで歩くと想像以上の歩数になる、買い物のついでにショッピングモールを一周する、室内ではその場足踏み(シャドーウォーキング)を歩数計アプリと連動させる、といった選択肢がある(メガロス・健生会ほか)。窓際で伸びや肩回しをするだけでも、曇りや雨の日に体内時計を整える意義がある(有田秀穂, Cotree)。
進め方は段階で考えるとよい。はじめは「今より10分多く動く」だけを目標にする(厚生労働省, 2024)。在宅勤務中は30分ごとに一度立ち上がり、座りっぱなしを中断する。これが続いたら、始業前・昼休憩・終業後のいずれか1つに、5〜10分の歩きを差し込む。一度に8,000歩を目指すのではなく、「ゼロの日をつくらない」ことを先に固定する。
段階を図にすると次のとおりである。
梅雨期の活動を維持する3段階
-
「今より10分多く動く」を目標にする
完璧な運動を目指さず、最小の上積みだけを最初の目標に置く。
-
在宅勤務中は30分ごとに一度立ち上がる
座りっぱなしを中断し、座位行動のリスクを減らす。
-
始業前・昼休憩・終業後のいずれかに5〜10分の歩きを差し込む
1・2が続いたら、1日1回だけ歩く時間を足す。
目標は8,000歩ではなく、「ゼロの日をつくらない」ことに置く。
雨で完全に止まる日があってもいい。大切なのは、細くつないでおくことである。窓際で1分動くだけでも線は残り、晴れた日にまた歩き出しやすくなる。
立場による補足を加える。本人は「運動」と構えず「移動を1つ足す」と捉えると着手しやすい。管理職は、自身が率先して立ち会議や階段利用を見せることで、「席を立つこと」を職場で許される行動にできる。人事は、在宅勤務日の活動量低下が約9割の労働者に起きる構造的な現象である点を共有し、個人の意志の問題に還元しない設計が望ましい。
立場ごとの関わり方を図にすると次のとおりである。
梅雨期の活動維持への関わり方
本人
「運動」と構えず、「移動を1つ足す」と捉えると着手しやすい。
管理職
自身が率先して立ち会議や階段利用を見せ、「席を立つこと」を職場で許される行動にする。
人事
在宅勤務による歩数低下が約9割の労働者に起きる構造的な現象だと共有し、個人の意志の問題に還元しない設計をする。
リソース案内
すぐ使えるリソースとして、まず歩数計アプリで現状の歩数を1週間記録することを勧める。自分の在宅勤務日と出社日の差を可視化すると、どこで活動が落ちているかが具体的にわかる。次に、雨の日に歩ける場所(最寄りの地下街・駅ナカ・モール)を1つだけ事前に決めておくと、当日の判断を省ける。
気分の落ち込みや不調が続き、自助だけでは抱えきれないと感じたときは、以下の公的窓口に相談できる。
- 働く人の「こころの耳電話相談」(厚生労働省) 0120-565-455(平日17時〜22時、土日10時〜16時)
- よりそいホットライン 0120-279-338(24時間対応)
結論
梅雨期に働く人の体が重くなる主因は、降雨そのものではなく、「本格的に動けないならゼロでよい」という雨天活動の0か100か構造である。在宅勤務による通勤運動の消失がこれに重なり、活動量は二重に落ちる。ここで有効なのは、完璧な運動でも長時間の安静でもなく、「今より10分多く動く」という最小の上積みを、ゼロにしない仕組みとして持つことである。最初の一手は、雨の日に歩ける場所を1つ決め、明日その場で5分歩いてみることでよい。
よくある質問
Q. 在宅勤務で歩数が減るのは、どのくらい深刻か。
在宅勤務日は職場勤務日より歩数が平均約59%減り、約92%の労働者で低下が起きる構造的な現象である(厚生労働科学研究, 2023)。個人の意志の弱さではなく、通勤という無意識の運動が消えたことが主因のため、「動かなくて済む」楽さの裏で誰にでも起こりうる。
Q. 雨の日に運動がゼロになってしまうのはなぜか。
雨天活動の0か100か構造が働くためである。「本格的に運動できないなら何もしない」という二分法的判断が、駅ひと駅・5分の足踏み・座位の中断といった本来可能な最小活動まで切り捨てる。問われているのは強度ではなく「これくらいでいい」という基準を持てるかどうかである。
Q. 梅雨だるいときは、休んで動かないほうがよいのではないか。
休息の本来の意味はストレス環境から距離を置くことであって、終日身体を止めることではない(功刀浩医師, COMHBO)。長期の不活動はむしろ重さを長引かせうる。梅雨期は「休む=動かない」を選びがちだが、5〜10分のリズム運動を細く残すほうが回復に資する。
Q. 何分くらい動けば意味があるのか。
公的指針の中核は「今より10分多く動く」である(厚生労働省, 2024)。約1,000歩・約10分の上積みでも生活習慣病リスクが約3%低下する試算があり、歩行などのリズム運動は5〜30分でセロトニン神経の活性化につながる(有田秀穂, Cotree)。8,000歩を一度に目指すより、ゼロの日をなくすことを先に固定するとよい。
Q. 気分の落ち込みが強く続くときも、運動で対処すべきか。
運動はあくまで予防・後押しであり、強い落ち込みや意欲低下が続くときの代替ではない。気分の落ち込みや不眠などが日常生活に支障をきたす形で続く場合は、無理に動かず、専門の相談窓口や医療機関に相談することを優先してほしい。
出典・参考文献
公的機関資料
- 厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」(2024年)
- 厚生労働省「アクティブガイド2023」(健康日本21第三次・令和6年3月資料)
- 厚生労働省「働く人が職場で活動的に過ごすためのポイント」(2024年)
- 厚生労働省「身体活動・運動領域資料」(健康日本21第三次推進専門委員会資料、令和6年3月)
公的研究・統計
- 厚生労働科学研究「在宅勤務と職場勤務時の身体活動の個人内差に関する研究」(令和5年度労働安全衛生総合研究事業)
- 厚生労働科学研究「企業担当者のための 健康に配慮したテレワーク実践ガイド」(令和6年度)
専門家・専門機関による解説
- 功刀浩医師「うつ病と運動」(COMHBO地域精神保健福祉機構、2016年)
- 有田秀穂・東邦大学名誉教授「幸福脳になるための、セロトニン神経の鍛え方」(Cotree)
- 社会医療法人社団 健生会「梅雨時の体調不良 暮らしの健康教室」
調査・実態データ
- ツムラ「第5回 なんとなく不調に関する実態調査」(2025年1月発表、全国20〜60代男女3,000人)
- ツムラ「60代男女の約8割が「なんとなく不調」」(同調査PDF版)
- 大研バイオメディカル「梅雨の体調不良とその乗り越え方(3,000名調査)」(PR TIMES、2024年)
実践情報
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執筆者プロフィール
江原和比己。産業カウンセラー(日本産業カウンセラー協会認定)/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員/かずな総合研究所 代表・メンタルヘルス企業 取締役。
約25年の会社員生活を通じて組織の現場を経験し、20代には月200時間を超える残業を「辛くない」と感じながら続けた当事者でもある。その後、産業カウンセラーとして働く人の支援にあたっている。40代でランニングを始めた当初は5kmも走れなかったが、100kmマラソンの完走を通じて「走ることではなく、ゴールすることにこだわる」「上り坂は歩いて脚を温存し、完全には止まらない」という、手段を固定せず低出力でも前に進み続ける物の見方を学んだ。本稿の「ゼロにしない」「細くつないでおく」という発想は、この実体験に根ざしている。