Briefing Note

カスタマーハラスメント防止義務化に、施行3か月前から逆算して備える実務指針

2026年10月1日施行のカスタマーハラスメント防止措置義務化について、就業規則の文言整備と現場の相談・エスカレーション運用を分けて、施行日から逆算して段階的に進める実務指針を、公的データと判例、産業カウンセラーの視点から整理したブリーフィングノートです。

本ブリーフィングは産業カウンセラーが、公的機関の公表資料・実態調査・法律事務所の公開解説を整理し、50名未満事業所の経営者・管理職・人事担当者向けに編集したものである。法令の紹介・行政指針の整理・専門解説の要約は出典明示のうえで行っているが、個別事案の法的該当性の判断は弁護士・社会保険労務士等の専門家の領域である。就業規則の改定や具体的な事案対応については、それぞれの専門家に相談されたい。

エグゼクティブサマリー

2026年10月1日、改正労働施策総合推進法に基づき、全事業主にカスタマーハラスメント(以下、カスハラ)防止措置が義務付けられる。企業規模による猶予・免除は一切設けられておらず、50名未満の事業所も大企業と同じ基準で施行日を迎える(厚生労働省, 2025)。事業主が講ずべき措置は10項目に整理されるが、これを「全部同時に完成させてから動く」ものとして捉えると、専任の人事担当がいない事業所ほど着手が遅れやすい。本稿は、10項目の措置を就業規則等の文言整備と、相談窓口・エスカレーション等の運用整備という性質の異なる2つの作業に分け、どちらか一方の完了を待たずに並走させる二トラック逆算パスウェイを提示する。99人以下事業所の73.8%が顧客等からの迷惑行為への取組を「特にない」と回答している一方(厚生労働省, 2024)、判例では体制整備が「一部にとどまっていても」安全配慮義務の履行として評価された例がある。完璧に揃えることではなく、動きながら整えることが、施行日までの現実的な進め方である。


定義と現状認識

職場におけるカスタマーハラスメントとは、①顧客、取引の相手方、施設の利用者その他事業主の事業に関係を有する者の言動であって、②その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもの、の3要素をすべて満たすものをいう(厚生労働省, 2026)。

正当なクレームとの線引きは、要求内容そのものに妥当性があるか(自社に瑕疵や過失があるか)と、要求を実現するための手段・態様が社会通念上相当な範囲にとどまっているか、という2つの軸で判断される。要求内容に妥当性がなくても、手段・態様が冷静であれば直ちにカスハラとは言えない一方、内容に妥当性があっても手段が土下座の強要や長時間拘束に及べばカスハラに該当しうる(厚生労働省, 2026)。

具体的なシーン

カスハラに該当しうる典型的な事象として、以下が挙げられる。

  • 自社に明確な過失がない事案について、30分を超える長時間の苦情や、同一の用件で3回以上繰り返される問い合わせ・抗議(厚生労働省, 2022)
  • 土下座や自宅への謝罪訪問、念書の要求など、社会通念上不相当な手段による謝罪の強要(厚生労働省, 2022)
  • 取引先の発注担当者による、契約に基づかない仕様変更要求や、優越的な地位を背景にした代金減額要求。いわゆるB to Bカスハラで、直接の顧客接点が少ない業種も対象になりうる(厚生労働省, 2022/WEB労政時報, 2026)

自社の状況を確認する

以下の5項目のうち、3項目以上に当てはまらない場合は、施行までの逆算の優先度が高い。

  • カスハラの基本方針を文書化し、従業員に周知する計画がある
  • 就業規則へのカスハラ関連条項の追加について、着手済みか、いつ着手するかが決まっている
  • 相談窓口の担当者を決めている、または既存のパワハラ等の窓口と兼用する方針を決めている
  • カスハラが起きたときの初動(安全確保、記録、エスカレーション)の基準を、少なくとも管理職の一人とは共有している
  • 常時10人以上の労働者を使用する事業場である場合、就業規則の変更届出のスケジュールを把握している

データとエビデンス

法改正の施行スケジュール

根拠法は2025年6月11日に公布された改正労働施策総合推進法(令和7年法律第63号)である(厚生労働省, 2025)。厚生労働省は同年12月10日に指針案を公表して意見募集を行い(rm-navi.com, 2026)、2026年2月26日に「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号)を正式に公布した(厚生労働省, 2026)。2026年4月24日には、措置義務規定の解釈事項に関するQ&A通達が発出されている(厚生労働省, 2026)。施行日は2026年10月1日で、企業規模による適用猶予措置は一切設けられていない(厚生労働省, 2025)。

この経緯を時系列で示すと、次のようになる。

2025年6月11日

改正労働施策総合推進法が公布される

2025年12月10日

厚生労働省が指針案を公表し意見募集を開始

2026年2月26日

カスハラ防止指針が公布される(令和8年厚労告51号)

2026年4月24日

措置義務の解釈事項に関するQ&A通達が発出される

現在(2026年7月)

施行まで約3か月弱

2026年10月1日

全事業主に義務化が施行される(規模による猶予なし)

事業主に義務付けられた10項目の措置

# 措置内容 出典
1 毅然とした態度で対応し労働者を保護する旨の方針の明確化・周知啓発 (厚生労働省, 2026)
2 カスハラの内容及びあらかじめ定めた対処の内容の労働者への周知 (厚生労働省, 2026)
3 相談窓口をあらかじめ定め周知する (厚生労働省, 2026)
4 相談窓口担当者が適切に対応できる体制の整備 (厚生労働省, 2026)
5 事実関係の迅速かつ正確な確認 (厚生労働省, 2026)
6 被害者への配慮のための措置 (厚生労働省, 2026)
7 再発防止に向けた措置 (厚生労働省, 2026)
8 特に悪質なカスハラへの対処方針をあらかじめ定め、対処できる体制を整備 (厚生労働省, 2026)
9 相談者等のプライバシー保護のための措置と周知 (厚生労働省, 2026)
10 相談したこと等を理由とした不利益取扱いをしない旨の周知啓発 (厚生労働省, 2026)

この10項目のうち、就業規則等の文言に落とし込む性質のもの(1・2・8・9・10)と、相談窓口の設置や記録の運用として日々機能させる必要があるもの(3〜7)とでは、必要な作業の性質が異なる。この違いが、後段で述べる二トラック逆算パスウェイの土台になる。

なお、常時10人以上の労働者を使用する事業場は、就業規則を改定した場合、労働者の過半数代表者の意見書を添えて所轄の労働基準監督署へ変更届を提出しなければならない(労働基準法第89条・第90条)(厚生労働省, 2025)。10人未満の事業場に届出義務はないが、方針の明確化と労働者への周知・啓発そのものは、事業場の規模にかかわらず例外なく適用される(厚生労働省, 2025)。

他のハラスメントと比べた増加の異質さ

過去3年間に「顧客等からの著しい迷惑行為」について相談があったと回答した企業の割合は27.9%で、パワハラ64.2%、セクハラ39.5%に次ぐ3番目である(厚生労働省, 2024)。しかし、相談件数の推移を見ると様相が変わる。カスハラのみ「件数が増加している」と回答した企業の割合(23.2%)が「減少している」(11.4%)を上回っており、パワハラ・セクハラなど他のハラスメントが軒並み減少傾向にある中で、唯一の増加傾向を示している(厚生労働省, 2024)。さらに、相談があった企業のうち「実際に該当する事案があった」と回答した割合はカスハラが86.8%に達し、セクハラ80.9%、パワハラ73.0%を上回る。相談が寄せられれば、最も高い確率でカスハラと確定するハラスメント類型である(厚生労働省, 2024)。

業種別・規模別に見るカスハラの実態

業種 相談があった企業の割合
医療、福祉 53.9%
宿泊業、飲食サービス業 46.4%
不動産業、物品賃貸業 43.4%
生活関連サービス業、娯楽業 42.3%
複合サービス事業 41.1%
金融業、保険業 41.0%
卸売業、小売業 40.6%

(厚生労働省, 2024)

従業員規模 相談があった企業の割合 予防・解決の取組実施率 取組「特にない」の割合
99人以下 13.5% 57.5% 73.8%
100〜299人 24.2% 62.9% 62.0%
300〜999人 32.8% 67.8% 48.9%
1,000人以上 43.9% 69.8% 37.2%

(厚生労働省, 2024)

とりわけ目を引くのは、99人以下事業所の「特にない」の割合である。

取組「特にない」と回答した企業の割合

99人以下 73.8%
全体 55.8%
1,000人以上 37.2%

(厚生労働省, 2024)

ここで着目すべきは、99人以下事業所の相談あり率13.5%の低さが、カスハラの発生自体が少ないことを意味しない点である。労働者調査でカスハラを経験した割合を見ると、企業規模による差はほとんどない(99人以下10.7%、100〜299人11.3%、1,000人以上11.0%)(厚生労働省, 2024)。発生率にほぼ差がないのに、取組実施率と相談あり率だけに規模間の大きな差があるのは、体制が立ち上がっていないために、起きていても表に出ていない可能性を示す。

学生アルバイトと地方公務員の実態

大学生アルバイト従業員の28.6%が、勤務中に何らかのカスハラ行為を受けた経験があると回答している(career-research.mynavi.jp, 2025)。地方公共団体の職員では、過去3年間にカスハラを受けた経験があるとする割合が全体で35.0%に達し、民間企業の労働者調査(10.8%)を大きく上回る。部門別では広報広聴66.3%、年金保険関係61.5%、福祉事務所61.5%が高い(総務省, 2025)。公務職場は全ての利用者に公平・公正にサービスを提供する必要があり、民間企業のように顧客を選別した対応が取りにくいという特有の制約がある(総務省, 2025)。

取組を進めるうえでの課題としては、「迷惑行為と正当なクレームや要求とを区別する明確な判断基準を設けることが難しい」が25.9%で最も高く、3割以上の企業が判定基準そのものを策定していない(厚生労働省, 2024)。

労災リスクの強化——精神障害の労災認定基準改正

2023年9月1日、心理的負荷による精神障害の労災認定基準(基発0901第2号)が改正され、評価項目に「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」ことが新たに追加された。心理的負荷が中程度の迷惑行為であっても、会社に相談し、会社が把握していたにもかかわらず適切な対応をとらず改善されなかった場合は、心理的負荷「強」と評価され得る(長島・大野・常松法律事務所, 2024)。体制整備の有無が、労災認定の場面でも問われる構造になっている。

判例が示す「備えていたかどうか」の重み

3つの裁判例が、体制整備の有無と安全配慮義務の関係を示している。東京地裁平成30年9月3日判決では、買い物客とのトラブルで従業員が損害賠償を求めた事案において、入社時テキストの配布・サポートデスクの連絡体制・深夜2名以上体制などを整えていたことが評価され、会社側の安全配慮義務違反が否定された(長島・大野・常松法律事務所, 2024)。一方、甲府地裁平成30年11月13日判決では、保護者からの理不尽な言動に対し、校長が教諭を一方的に非難してその場しのぎの謝罪を求めたことが不法行為と判断され、設置者に損害賠償責任が認められた(厚生労働省, 2022)。両者を分けたのは、体制が完璧だったかどうかではなく、組織としての備えと対応があったかどうかである。


分析と含意(Analysis & Implications)

本分析を貫く専門キーワードは、安全配慮義務、心理的負荷、完璧主義的な先延ばし、二重基準、感情労働、段階的着手、組織的な体制整備、労働者の就業環境、二トラック設計である。

本章では、前章のデータを産業カウンセラーとしての視点で解釈する。10項目の措置義務を前にしたとき、なぜ着手が遅れやすいのか、そしてその遅れをどう解くかを、施行日までの残り時間という制約の中で考える。

なぜ「全部揃ってから動こう」が着手を遅らせるのか

産業カウンセラーとしてクライアントと向き合う中で見えてくるのは、期限が明確に決まっているにもかかわらず着手が遅れる背景に、「全部の措置を同時に完成させてから動き始めよう」という発想があるという点である。10項目の措置義務を前にすると、専任の人事担当がいない事業所ほど、どこから手をつければよいか分からず、結果として「すべてが整うまで待つ」という選択に流れやすい。しかし、待っている間にも時間は進む。99人以下事業所の73.8%が取組「特にない」という前段のデータは、発生していないからではなく、この足踏みの結果として読むほうが実態に近い。

この構造は、わたし自身が40代で初めて100kmマラソンに挑んだときの経験と重なる。レース前、コーチから「エイドで完全に止まって飲み食いするな。歩きながら食べろ。目標は12時間を切ってゴールすることであって、走ることじゃない」と言われた。エイド20か所で毎回5分ずつ完全に立ち止まれば、合計100分、キロ7分ペースで換算すると約10kmもの差になる。歩きながらでも進んでいれば、その差は生まれない。

この教えの核心は、目標(ゴール)は下げず、手段(走る・歩く)は固定しないという発想である。カスハラ義務化の施行日は動かせない。しかし、そこに至る手段——就業規則の文言を先に整えるか、相談窓口の運用から先に固めるか——は固定されていない。どちらか一方が未完成のまま、もう一方に着手してよい。全部が整うのを待つことは、レースで言えば、エイドに座り込んで完全に止まることに近い。

逆算の土台となる制度設計

事業主に義務付けられた10項目の措置は、性質の異なる2つの作業に整理できる。就業規則等の文言に落とし込む作業(方針の明確化、対処内容の周知、不利益取扱い禁止の明記など)と、相談窓口・エスカレーション基準・記録様式といった、現場で日々機能させる運用の作業である。常時10人以上の事業場は前者について労基署への届出という追加の手続きを負うが(厚生労働省, 2025)、後者の運用整備に届出義務はなく、事業所ごとに実情に応じて設計できる。この非対称性そのものが、どちらから着手するかを事業所ごとに選べる余地を生んでいる。

二トラック逆算パスウェイとは、就業規則等の文言整備(トラックA)と、相談窓口・エスカレーション等の現場運用の整備(トラックB)を、施行日から逆算した同一の時間軸の上で並走させ、どちらか一方の完了を待たずに両方を段階的に前進させる進め方を指す。

2つのトラックの違いを図に示すと、次のようになる。

トラックA・文言整備

  • カスハラの禁止と定義の条項追加
  • 従業員の報告義務、会社の保護、不利益取扱い禁止の明記
  • 常時10人以上の事業場は労働基準監督署への変更届出

トラックB・運用整備

  • 相談窓口の指定と周知(既存の窓口との兼用も可)
  • 安全確保、記録、エスカレーションの基準の現場共有
  • 研修やロールプレイングによる現場への定着

中小企業向けの弁護士解説でも、最低限の優先順位として、就業規則へのカスハラ方針の記載、相談窓口の設定、相談対応の基本フローのマニュアル化の3点がまず挙げられている(houmu-pro.com, 2026)。この3点は、トラックAとトラックBの両方に一部ずつまたがっており、どちらか一方を完成させてからでなくても着手できることを裏づけている。

動かないことのコストをどう見るか

カスハラによって生じる損害・被害として最も多く報告されているのは「通常業務の遂行への悪影響」63.4%、次いで「労働者の意欲・エンゲージメントの低下」61.3%であり、「労働者の休職・離職」も22.6%に上る(厚生労働省, 2024)。これらは、対応が整っていない期間が長引くほど蓄積していく性質のコストである。

さらに、2023年の労災認定基準改正により、カスハラに起因する心理的負荷は、会社が把握していたにもかかわらず改善されなかった場合に「強」と評価され得るようになった(長島・大野・常松法律事務所, 2024)。前段で見た判例も、体制が完璧だったかどうかではなく、備えと組織的な対応があったかどうかで評価が分かれている。この2点を重ねると、「まだ整っていないから動かない」という選択そのものが、法的リスクを静かに積み上げていく構造が見えてくる。逆に言えば、未完成であっても動き出していることが、労働契約法第5条の安全配慮義務の履行として実務上評価される余地がある、ということでもある。


推奨アクション

施行日までの逆算スケジュール

以下は、2026年7月時点を起点とした一般的な目安である。業種・規模によって前後してよい。

時期 トラックA・文言整備 トラックB・運用整備
今すぐ(7月中) 基本方針の意思決定、責任者の決定、セルフチェックによる現状把握 相談窓口の担当者を仮に決める
施行前2か月(8月中) カスハラの定義と禁止条項の条文起案 相談窓口の正式設置、記録様式の整備
施行前1か月(9月中) 就業規則の改定、10人以上の事業場は労基署への変更届出 エスカレーション基準の現場共有、研修の実施
施行直前(9月末〜10月1日) 就業規則の周知・掲示 運用開始の最終確認、関係者への周知徹底

この逆算の進め方を、実行手順として示すと次のようになる。

二トラック逆算パスウェイの3段階

  1. 着手できる方を一つ選ぶ今週

    文言整備と運用整備のうち、今すぐ動かせる方を一つだけ選ぶ。両方を同時に完成させようとしない。

  2. 未完成のまま動かし始める1か月以内

    選んだトラックを、もう一方が整っていなくても進める。最低限の3点(方針の記載、相談窓口の設定、基本フローのマニュアル化)から始めてよい。

  3. もう一方のトラックを合流させる施行直前

    施行日までに、遅れていた方のトラックを追いつかせ、周知と研修で運用を定着させる。

立場別のアクション

立場 アクション
経営者 基本方針の意思決定と表明、就業規則改定の承認、東京都奨励金など公的支援の活用検討
管理職 現場のエスカレーション基準の理解と共有、初動対応(安全確保・記録)の徹底、被害を受けた従業員への当日中の声かけ
人事・総務担当者 就業規則の条文起案と労基署届出(10人以上の場合)、相談窓口の運用フロー整備、研修の企画

相談時のフレーズ例

現場従業員から管理職へは「先ほど30分以上、同じ用件で電話がありました。記録は残してあります。組織としてどう線を引くか、確認させてください」のように報告できる。管理職から経営者へは「カスハラ対応の相談窓口を、まず既存のパワハラ窓口と兼用する形で先に立ち上げたいと考えています。就業規則の改定は並行して進めます」と切り出せる。経営者から取引先へは「弊社では、従業員に対する威圧的な言動には毅然として対応する方針です。今後の取引条件について、あらためて確認させてください」と伝えられる。


リソース案内

公的相談窓口(労働者向け)

窓口 連絡先 受付時間
働く人の「こころの耳電話相談」(厚生労働省) 0120-565-455 平日17:00〜22:00、土日10:00〜16:00
よりそいホットライン 0120-279-338 24時間対応

公的相談窓口・支援制度(事業者向け)

  • 都道府県労働局(カスハラ防止指針に関する助言・指導の窓口)
  • 地域産業保健センター(50名未満事業場向けの産業保健サービス、無料で利用可能)
  • 東京都「カスタマー・ハラスメント防止対策推進奨励金」(都内中小企業向け、定額40万円。マニュアル策定に加え、録音録画機器の導入等が要件。2026年度は事前エントリー制に変更されている)(line-works.com, 2026)

必要書類・ツール

  • 厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(業種別版あり)
  • 厚生労働省「令和8年10月1日からハラスメント対策が強化されます!」(リーフレット)
  • カスハラ対応記録シート(日時、場所、対応者、要求内容、対応内容、エスカレーション判断を記録する様式)

結論

2026年10月1日施行のカスハラ防止措置義務化は、企業規模による猶予がなく、50名未満の事業所も大企業と同じ基準で施行日を迎える。10項目の措置義務は、就業規則等の文言整備と、相談窓口・エスカレーションの運用整備という、性質の異なる2つの作業から成る。99人以下事業所の73.8%が取組「特にない」と回答している現状は、発生していないからではなく、両方を同時に完成させようとして足踏みしている結果である可能性が高い。

判例は、体制が完璧であったかどうかではなく、組織として備えていたかどうかで安全配慮義務違反の有無を分けている。提言として、施行日までの残り期間は、文言整備と運用整備のどちらか着手できる方を一つ選び、未完成のまま動かし始め、施行日までにもう一方を合流させる二トラック逆算パスウェイを推奨する。全部を一度に揃える必要はない。動きながら整えることが、限られた時間の中で施行日に間に合わせる現実的な道筋である。


よくある質問(FAQ)

Q1. 2026年10月のカスハラ防止義務化は、50名未満の事業所も対象か。

対象である。改正労働施策総合推進法では、過去のパワハラ防止法と異なり、企業規模による猶予期間や免除が一切設けられておらず、2026年10月1日から全事業主に一斉適用される(厚生労働省, 2025)。

Q2. 就業規則の改定は、いつまでに終わらせればよいか。

常時10人以上の労働者を使用する事業場は、就業規則を改定した場合、労働者の過半数代表者の意見書を添えて所轄の労働基準監督署へ変更届を提出しなければならない(厚生労働省, 2025)。届出には一定の準備期間がかかるため、施行前1か月程度を目安に改定を終えておくことが望ましい。10人未満の事業場に届出義務はないが、方針の明確化と労働者への周知・啓発は規模にかかわらず義務対象である。

Q3. 就業規則を整備すれば、それで義務化対応は完了か。

完了しない。就業規則等の文言整備は10項目の措置義務のうち一部(方針の明確化・周知、対処内容の周知、プライバシー保護、不利益取扱い禁止など)を満たすにとどまり、相談窓口の設置や事実確認、被害者への配慮といった運用面の措置は別に整える必要がある(厚生労働省, 2026)。二トラック逆算パスウェイの考え方では、この2つを別のトラックとして並走させることを推奨する。

Q4. 施行までにすべてを完璧に整えられない場合、どうすればよいか。

未完成のまま動き始めてよい。判例では、体制が完璧だったかどうかではなく、平時から一定の備えと組織的な対応があったかどうかが、安全配慮義務違反の有無を分けている(長島・大野・常松法律事務所, 2024)。中小企業向けの実務解説でも、まず就業規則への方針記載、相談窓口の設定、基本フローのマニュアル化という最低限の3点から着手することが推奨されている(houmu-pro.com, 2026)。

Q5. カスハラ義務化に違反した場合、どのような罰則があるか。

厚生労働省の公表資料によれば、罰金等の直接罰則ではなく、厚生労働大臣(労働局)による助言・指導・勧告の対象となり、勧告に従わない場合は企業名が公表される(厚生労働省, 2025)。直接の刑罰ではないが、企業名公表は社会的信用への影響が小さくない。また、2023年の労災認定基準改正により、対応の不備は労災認定の場面でも心理的負荷の評価に影響しうる(長島・大野・常松法律事務所, 2024)。


出典・参考文献

公的機関資料

  1. 厚生労働省「令和8年10月1日からハラスメント対策が強化されます!」 https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662576.pdf
  2. 厚生労働省「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書」 https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001541299.pdf
  3. 厚生労働省「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書(概要版)」 https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001541298.pdf
  4. 厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」 https://www.mhlw.go.jp/content/11921000/000894063.pdf
  5. 厚生労働省「ハラスメント防止措置義務規定等における解釈事項について」 https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001695619.pdf
  6. 厚生労働省「令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/zaitaku/index_00003.html
  7. 厚生労働省「「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」等を作成しました!」 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_24067.html
  8. 青森労働局(厚生労働省)「カスタマーハラスメント対策に係る具体的な取組例やモデル就業規則は」 https://jsite.mhlw.go.jp/aomori-roudoukyoku/content/contents/002575846.pdf
  9. 総務省「地方公共団体における各種ハラスメントに関する職員アンケート調査【結果のポイント】」 https://www.soumu.go.jp/main_content/001007190.pdf
  10. 労働政策研究・研修機構(JILPT)「『顧客等からの著しい迷惑行為』の該当事例があった企業は8割超で、『パワハラ』『セクハラ』で事例があった割合を上回る」 https://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2024/08_09/top_06.html

法律・条例

  1. 労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律(令和7年法律第63号、2025年6月11日公布、2026年10月1日施行)
  2. 事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年厚生労働省告示第51号、2026年2月26日公布)
  3. 労働契約法第5条(安全配慮義務)
  4. 東京都カスタマー・ハラスメント防止条例(東京都条例第140号、2024年10月4日成立、2025年4月1日施行)

実態調査・専門解説

  1. 長島・大野・常松法律事務所「厚生労働省、カスハラ指針を公表—企業に求められる実務対応とは」 https://www.nagashima.com/publications/publication20260305-1/
  2. 長島・大野・常松法律事務所「企業に求められるカスハラ対策—厚生労働省によるカスハラ対策企業マニュアルの策定、精神障害の労災認定基準の改定を受けて—」 https://www.nagashima.com/publications/publication20240422-1/
  3. miyako.com「カスタマーハラスメント(カスハラ)就業規則 記載例|ホテル・旅館向け」 https://miyako.com/lab/kasuhara/gimuka-sochi-5kou/
  4. houmu-pro.com(企業法務弁護士ナビ)「カスハラ対策の義務化とは?2026年10月施行で企業が講ずべき措置を弁護士が解説」 https://houmu-pro.com/legalrevision/392/
  5. WEB労政時報「第6回 服務規律①(各種ハラスメント)」 https://www.rosei.jp/readers/article/90884
  6. マイナビキャリアリサーチLab「カスタマーハラスメントの実態と防止の取り組み」 https://career-research.mynavi.jp/column/20250819_100093/
  7. line-works.com「カスハラ対策義務化はいつから|2026年法改正で企業が講ずべき措置」 https://line-works.com/roger/column/customer-harassment-law/
  8. RM NAVI「厚生労働省 カスタマーハラスメント対策の指針案示す」 https://rm-navi.com/search/item/2407

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執筆者プロフィール

江原和比己(えはら かずひこ

産業カウンセラー(日本産業カウンセラー協会認定)/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員/かずな総合研究所 代表・メンタルヘルス企業 取締役

約25年の会社員生活(エンジニア)を経て独立。40代で100kmマラソンに挑戦し、レース中にコーチから学んだ「意図的に歩く」という発想を、仕事や人生の設計に応用している。SFBT(解決志向ブリーフセラピー)を基盤としたブリーフコーチングにより、50名未満の事業所の経営者・管理職・人事担当者からの相談を多く受けている。

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