職場の人間関係

カスハラを受けたあと、心を立て直す3つの手順

顧客から理不尽な言葉をぶつけられた場面が、何日たっても頭から離れない。厚生労働省の実態調査と、同じことを繰り返し考え続ける状態についての心理学研究をもとに、職場に事実を伝えること、考え続けるのをやめること、落ち着いてから切り分けることの3つを、順を追ってまとめました。

江原 和比己(産業カウンセラー/かずな総合研究所代表)

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この記事の要点

  • 顧客などからの著しい迷惑行為を受けた人は、一度だけの経験でも怒りや不安を感じたり、仕事への意欲が落ちたりといった影響が出ている
  • 労災認定の基準でも、顧客や取引先、施設利用者などからの著しい迷惑行為は、心理的な負荷を評価する項目として位置づけられている
  • つらさやその原因を、何かを変える行動には移らないまま頭の中で繰り返し考え続けると、かえって問題解決を妨げ、落ち込みを悪化させることが心理学の研究で示されている
  • 職場へ事実を伝える、考え続けるのをやめて別の活動に切り替える、落ち着いてから言われた内容を切り分ける、という3つの順でたどる

電話を切ったあとも、相手の声が耳に残っている。同じ場面が頭の中で何度も再生されて、次の日も、その次の日も消えない。もしそんな経験があるなら、それはあなたの気にしすぎでも、打たれ弱いからでもありません。

一度だけの出来事でも、心身には影響が出る

厚生労働省の「職場のハラスメントに関する実態調査」(令和5年度)によると、過去3年間に顧客等からの著しい迷惑行為(いわゆるカスタマーハラスメント)を受けたと答えた人は861人でした。

この調査では、被害を受けた後に心身へどのような影響が出たかも尋ねています。経験が一度だけだった人(190人)と、何度も繰り返し受けた人(174人)の結果は、次のとおりです。

心身への影響 一度だけ(190人) 何度も繰り返し(174人)
怒りや不満、不安などを感じた 54.7% 64.4%
仕事に対する意欲が減退した 29.5% 57.5%
眠れなくなった 11.6% 26.4%
通院したり服薬をした 2.1% 9.2%

一度だけの経験であっても、怒りや不満、不安を感じた人が半数を超えています。さらに繰り返し被害を受けた人では、眠れなくなったり、通院や服薬に至ったりする割合が大きく跳ね上がります。

また、厚生労働省が労災認定の判断に用いる基準(精神障害の労災認定基準)にも、顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けたことを、仕事による心理的な負荷として評価する項目があります。個人の気持ちの問題として片づけられるものではありません。

相手はお客様であり、こちらは業務として応対する側です。その場を離れることも、言い返すことも、立場上は選びにくいもの。引きずってしまうのは、心が弱いからではありません。そういう立場に置かれていた、ということです。

一人で抱えず、職場へ事実を伝える

厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」でも、働く人に向けて、一人で対応しないよう求めています。明らかにカスタマーハラスメントだと判断される行為を受けた場合は、速やかに所属部署や職場の管理職に相談し、対応を引き継ぐよう勧めています。

できれば当日中に報告するのが望ましいですが、何日か過ぎてしまっていても決して遅くはありません。伝える相手は、直属の上司でも、社内の相談窓口でも、ご自身が話しやすいほうで大丈夫です。

令和8年10月1日以降、カスタマーハラスメント対策は事業主の義務です。指針が事業主に求める措置には、相談体制の整備や、カスタマーハラスメントが発生した後の迅速かつ適切な対応が含まれます。

伝える際は、「いつ」「どこで」「誰が」「何を言い、何をしたか」という客観的な事実を具体的にメモなどに整理します。つらかったという気持ちも、もちろんそのまま話してかまいません。単に「ひどい相手だった」と伝えるよりも、「同じ質問を1時間繰り返され、土下座を求められた」と具体的に共有できると、報告を受けた職場側も組織として迅速に動きやすくなります。

ただし、伝えたからといって必ず職場が動いてくれるとは限らないのが現実です。同じ実態調査では、勤務先が迷惑行為を認識していたと答えた510人のうち、29.8%が勤務先は「特に何もしなかった」と回答しています。会社が動かなかったときにどう考えるかについては、ハラスメント相談をしても、何も変わらなかったと感じるときにまとめています。

場面が頭から離れないときは、考え続けるのをやめる

「あのとき何と言い返せばよかったのか」「なぜ自分が標的にされたのか」——。相手の言葉や場面が浮かぶたびにそこまで深く考えて、それでも楽にならないまま同じところをぐるぐると回っているなら、それは心理学で「反芻(はんすう)」と呼ばれる状態です。

米イェール大学の心理学者スーザン・ノーレン・ホークセマらは、反芻を、いま感じているつらさと、その原因や影響について、繰り返し注意を向け続けることだと定義しています。何かを変える行動には移らないまま、頭の中で同じ悩みにとどまり続けてしまう状態です。

考えている間は、なんとか解決に近づこうと努力しているように感じられることもあります。ところが同研究チームがまとめた論文は、こうして考え続けることがかえって問題解決を損ない、気分の落ち込みを悪化させてしまうことを示しています。

なお、これまでの研究は気分の落ち込みを中心に積み重ねられたものであり、カスタマーハラスメントを受けたあとの状態について直接確かめられたわけではありません。

そのうえで同じ論文が挙げている有効な手立ては、いったん意識を別の対象へと切り替えることです。気分が沈んでいる人に、楽しいことや、嫌な感情を呼び起こさない別の活動へと注意を向けさせると、短期的に落ち込みが和らぐことが多数の実験で確かめられています。

著者らは、気分転換がうまくいく人は、あれこれ手を広げるのではなく、1つか2つの決まった活動に絞って気持ちを向けているのではないか、と見ています。実証された確定的な結果ではなく研究者による見立てですが、日常で試す際の手がかりになります。

たとえば、軽く走る、楽器を弾く、手を動かす作業に集中する。ご自身が自然と注意を向けられるものが見つかるまで、いくつか試してみてはいかがでしょうか。しっくりくるものが見つかったら、気持ちが揺れたときに戻れる「定番」を1つか2つ用意しておきます。

作業の途中で相手の顔や言葉がふとよぎっても、そのまま続けてかまいません。一度で頭からきれいに消え去らなくても大丈夫です。考え続けてしまう時間が少し短くなれば、それでかまいません。

考えて気持ちが整理できたり、次に取るべき行動が見えてきたりするなら、考え続けてかまいません。ただ、楽にならないまま同じところを回り続けているなら、まずは別の行動に切り替えてみてください。

落ち着いてから、言われた内容と自分を切り分ける

同じ論文は、気分転換によって気持ちが少し持ち直したあとに、必要であれば問題解決や状況の捉え直しへ進む、という順序を挙げています。気分転換だけに長く頼ってそこへ進まないと、つらい感情をただ避け続ける行動に変わっていくおそれがある、とも指摘されています。出来事の切り分けも、気持ちが少し落ち着いてから取り組めば大丈夫です。

相手から言われたことは、次の2つに切り分けて整理します。

  • 業務として改善するものは、案内の不備や確認漏れ、説明の分かりにくさなど、実際に直せる部分
  • 自分への評価として受け取らないものは、人格や容姿を否定する言葉など、業務の範囲を超えた理不尽な言葉

この線引きが必要なのは、業務上の指摘と人格を否定する言葉が、同じ相手から続けてぶつけられることがあるためです。最初にこちらの不備を突かれ、そのあとに「だからお前はダメなんだ」といった暴言が続くケースです。前半の業務上の不備に思い当たる節があると、後半の人格否定の言葉まで「自分が悪いのだ」と丸ごと引き受けてしまいそうになります。

けれども、業務上の不備があったことは、相手からの暴言や人格否定まで受け入れる理由にはなりません。直せることがあったなら、業務として淡々と直す。一方で、人格に向けられた言葉は、それとはまったく別のものとして扱います。

理不尽な言葉に対して腹が立つのも、しばらく引きずってしまうのも、無理のないことです。

眠れない日が続くときは、順番を待たずに相談する

眠れない日が続く。体の調子がよくない。休んでも、その状態が変わらない。もしそうした状態にあるなら、ここで紹介した手順の順番を待つ必要はありません。迷わず専門家や相談窓口を頼ってみてください。

国立精神・神経医療研究センターの「こころの情報サイト」でも、専門家への相談を推奨しています。自分なりの工夫を続けていてもうまくいかないときは、専門家に相談するように。そして、心身の不調が続くときには、早めに相談するように、と呼びかけています。

職場に産業医や保健師がいるなら、まずはそこへ相談できます。先ほどの「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」でも、被害を受けた従業員へのケアを会社の重要な対応に挙げています。現場の安全を確保したあとも、顧客等の言動による心の不調の兆候がある場合には、専門家に相談対応を依頼するか、専門の医療機関への受診を促すこととされています。

話せる相手が職場にいないときは、厚生労働省の「こころの耳」に、働く人とその家族が使える相談窓口があります。「働く人のこころの耳相談」という窓口で、電話・SNS・メールの3つの方法が用意されています。電話相談の利用方法や受付時間については、同サイトの働く人の「こころの耳電話相談」(外部サイト・新しいタブで開きます)で確認できます。

引きずっている時間は、立ち直りが遅いことの証拠ではありません。職場に事実を伝えること。考え続けるのをやめて、集中できることを1つ選ぶこと。まずはこの2つから、ご自身のペースで始めてみてください。言われた内容の切り分けは、心が落ち着いてからで間に合います。

※ 出典: 厚生労働省「職場のハラスメントに関する実態調査 結果概要(令和5年度厚生労働省委託事業)」、厚生労働省労働基準局長「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(令和5年9月1日付け基発0901第2号)別表1項目27、厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(令和8年度改訂版)」、Nolen-Hoeksema, S., Wisco, B. E., & Lyubomirsky, S.「Rethinking Rumination」Perspectives on Psychological Science誌3巻5号(2008年)、国立精神・神経医療研究センター「こころの情報サイト」ストレスとセルフケア、厚生労働省「こころの耳」働く人の「こころの耳相談」。

江原 和比己(えはらかずひこ)—— 産業カウンセラー(日本産業カウンセラー協会認定)/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員/かずな総合研究所 代表。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。100kmウルトラマラソン完走者。

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