会議で、自分だけ違う意見を持っていた。話はもう次の議題に移っていた。そんな経験に心当たりがあるなら、それは性格の弱さではありません。発言のたびに「言ってどうなるか」を見積もり、そのつど「言わない」を選んできたことが繰り返されて、今の姿になっているだけです。
「言えない」のは性格ではなく、繰り返された選択の結果
経営学者エイミー・エドモンドソンの研究では、人が職場で発言をためらう背景に4つの不安があるとされています。質問すれば無知だと思われる不安、間違いを認めれば無能だと思われる不安、批判的な意見を言えばネガティブだと思われる不安、助けを求めれば周囲の迷惑になると思われる不安です。特に男性がこの最後の不安を抱えやすい理由については、男性が「助けて」と言えない理由と、それでも相談するにはで詳しく扱っています。
この4つの不安が本当に当たるかどうかは、一度言ってみただけでは確かめられません。だからこそ、確かめる前に「言わない」という無難な方を選んでしまうことがあります。そのたびに「言わない」を選んでいると、まるで最初からそういう性格であるかのように見えてしまいます。この4つの不安を抱えたまま、そのつど「言わない」を選んできた、というだけの話です。
誰も言わないのは、あなた一人だけの問題ではないかもしれない
社会心理学者の山口裕幸さんが日本労働研究雑誌で紹介している考え方に、集合的無知と呼ばれるものがあります。チームのほとんどが本音では休暇を取りたいと思っていても、一人ひとりが「休むと迷惑をかけるし、他のほとんどの人はきっと良く思わないだろう」と勝手に思い込み、誰も休暇を申し出られなくなることがある、というものです。休暇を申し出るときの気まずさそのものは、有給休暇を罪悪感なく使うにはで詳しく扱っています。
会議で意見を言わずにいる場面でも、同じことが起きている場合があります。実際には複数の人が同じ違和感を抱えながら、「自分だけがそう思っているのかもしれない」と黙っていることがあります。
厚生労働省の令和7年の調査では、働く人の67.5%が仕事上の強いストレスを感じています(令和6年に設問の形式が変わったため、令和5年以前の数値との比較には注意が必要です)。そのうち対人関係(ハラスメントを含む)の悩みを挙げる人は32.9%で、3番目に多い項目です。これより多いのは、どちらも39.5%だった仕事の量と仕事の失敗や責任の発生の2つです。
小さな一言に変える手順 — DESC法
厚生労働省のセルフケアマニュアルでは、伝え方を整理するための4つの要素が紹介されています。DESCという頭文字で覚える言い方があり、事実を述べる(Describe)、自分の受け止めを伝える(Express)、具体的な提案をする(Specify)、必要に応じて代替案を示す(Choose)の4つです。その場で言葉を探さなくても、この順番を決めておくだけで、とっさの場面でも言葉が出やすくなります。
たとえば、会議で自分だけ違う意見を持っている場面を考えます。「この件は、まだ他部署に確認していない部分が残っています。このまま決めると、後で困る人が出るかもしれないと感じています。一度持ち帰って確認してから決めるのはどうでしょうか。今日中に決める必要があるなら、リスクを承知のうえで進めることもできます」。事実・受け止め・提案・代替案の順で伝えると、相手にも状況が伝わりやすくなります。
上司から急な仕事を頼まれた場面でも、同じ型が使えます。「今日は別件の対応が3つ入っています。今それを引き受けると、どれも中途半端になりそうで心配です。明日の午前中に回してもよいでしょうか。難しければ、今日の分を1件だけ先に片づけて、残りを明日に回す形でもかまいません」。場面が変わっても、4つの要素の順番は変わりません。
2つの例は4つの要素をひと続きに並べていますが、最初からこの長さで言う必要はありません。1回目は、最初のD——事実を述べるところだけで足ります。「この件は、まだ他部署に確認していない部分が残っています」。ここで止めても、その場に材料が一つ増えます。受け止めや提案は、事実を口に出すことに慣れてから足していけば十分です。
言いやすい場面から練習を始める
一度に大きな主張をしようとせず、言いやすい相手・言いやすい場面から練習するのが効果的です。
反射的に「大丈夫です」と受け入れてしまいがちな人は、noteの記事「つい「大丈夫です」と言ってしまう——本音を後回しにする仕組みの話(外部サイト・新しいタブで開きます)」も参考になります。
人前で言葉にする前に声に出す練習をしておきたいときは、noteの記事「本番の前に、AIを練習相手にしてみませんか──言いにくいことを声に出す練習(外部サイト・新しいタブで開きます)」で、AIを練習相手にする方法を紹介しています。
DESC法で事実と提案を丁寧に伝えても、相手が最初から話を聞こうとしないこともあります。そのときは、伝え方の問題ではなく、その関係そのものに問題があるのかもしれません。伝え方を変えても変わらないものまで、伝え方のせいにする必要はありません。
意見ではなく、自分の状態を聞かれた場面で反射的に「大丈夫です」と答えてしまうなら、ガイド記事「「大丈夫です」と答えてしまうとき、返事を待ってもらう」に、その場で答えを出さずに返事を待ってもらう手順をまとめています。
言えるようになったあとで、それでも意見が採られないと感じるようになったら、会議で意見が通らないとき — 発言がどこまで通ったかを3つに分けるで、発言がどこまで通ったかを分けて次にすることを選ぶ手順を扱っています。
それでも、小さな一言を重ねていけば、言葉にできる場面は少しずつ増えていきます。
※ 出典: Amy C. Edmondson(ハーバード・ビジネス・スクール)「Managing the Risk of Learning: Psychological Safety in Work Teams」、2026年8月7日閲覧。山口裕幸「働き方の創造的変革を実現するチーム・プロセスとコミュニケーション」(労働政策研究・研修機構『日本労働研究雑誌』No.781)、2025年、2026年8月7日閲覧。厚生労働省「令和7(2025)年 労働安全衛生調査(実態調査)の概況」、2026年9月10日閲覧。厚生労働省「こころの耳」労働者個人向けストレス対策(セルフケア)のマニュアル・実践編、2026年8月7日閲覧。
※ 江原 和比己(えはらかずひこ)—— 産業カウンセラー(日本産業カウンセラー協会認定)/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員/かずな総合研究所 代表。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。100kmウルトラマラソン完走者。