会議で、自分だけ違う意見を持っていた。発言しようと迷った次の瞬間、話はもう次の議題に移っていた。そんな経験に心当たりがあるなら、それは性格の弱さではありません。発言のたびに「言ってどうなるか」を確かめ、そのつど「言わない」を選んできた結果が、積み重なって今の姿になっているだけです。
「言えない」のは性格ではなく、積み重ねた選択の結果
経営学者エイミー・エドモンドソンの研究では、人が職場で発言をためらう背景に4つの不安があるとされています。質問すれば無知だと思われる不安、間違いを認めれば無能だと思われる不安、批判的な意見を言えばネガティブだと思われる不安、助けを求めれば周囲の迷惑になると思われる不安です。
この4つの不安が本当に当たるかどうかは、一度言ってみただけでは確かめられません。だからこそ、確かめる前に「言わない」という安全な側を選んでしまうことがあります。そのたびに「言わない」を選んでいると、まるで最初からそういう性格であるかのように見えてしまいます。この4つの不安を抱えたまま、そのつど「言わない」を選んできた、というだけの話です。
誰も言わないのは、あなた一人の弱さではない
社会心理学者の山口裕幸さんが日本労働研究雑誌で紹介している考え方に、集合的無知と呼ばれるものがあります。チームのほとんどが本音では休暇を取りたいと思っていても、一人ひとりが「休むと迷惑をかけるし、他のほとんどの人はきっと良く思わないだろう」と勝手に思い込み、誰も休暇を申し出られなくなることがある、というものです。
会議で意見を言わずにいる場面でも、同じことが起きている場合があります。実際には複数の人が同じ違和感を抱えながら、「自分だけがそう思っているのかもしれない」と黙っていることがあります。
厚生労働省の令和6年の調査では、働く人の68.3%が仕事上の強いストレスを感じています(前年から設問の形式が変わったため、数値の比較には注意が必要です)。そのうち対人関係(ハラスメントを含む)の悩みを挙げる人は26.1%で、仕事の量・仕事の失敗や責任の発生・仕事の質に次いで4番目に多い項目です。
会議で言葉を飲み込んでいるのは、あなた一人ではありません。小さな一言に変える型 — DESC法
厚生労働省のセルフケアマニュアルでは、伝え方を整理するための4つの要素が紹介されています。DESCという頭文字で覚える言い方があり、事実を述べる(Describe)、自分の受け止めを伝える(Express)、具体的な提案をする(Specify)、必要に応じて代替案を示す(Choose)の4つです。思いつきで言葉を探さなくても、この順番を決めておくだけで、とっさの場面でも言葉が出やすくなります。
たとえば、会議で自分だけ違う意見を持っている場面を考えます。「この件は、まだ他部署に確認していない部分が残っています。このまま決めると、後で困る人が出るかもしれないと感じています。一度持ち帰って確認してから決めるのはどうでしょうか。今日中に決める必要があるなら、リスクを承知のうえで進めることもできます」。事実・受け止め・提案・代替案の順で伝えると、相手にも状況が伝わりやすくなります。
上司から急な仕事を頼まれた場面でも、同じ型が使えます。「今日は別件で3つ対応が埋まっています。今それを引き受けると、どれも中途半端になりそうで心配です。明日の午前中に回してもよいでしょうか。難しければ、今日の分を1件だけ先に片づけて、残りを明日に回す形でもかまいません」。場面が変わっても、4つの要素の順番は変わりません。
言いやすい場面から練習を始める
一度に大きな主張をしようとせず、言いやすい相手・言いやすい場面から練習するのが近道です。
反射的に「大丈夫です」と受け入れてしまいがちな人は、noteの記事「つい「大丈夫です」と言ってしまう——本音を後回しにする仕組みの話」も参考になります。
人前で言葉にする前に声に出す練習をしておきたいときは、noteの記事「本番の前に、AIを練習相手にしてみませんか──言いにくいことを声に出す練習」で、AIを練習相手にする方法を紹介しています。
DESC法で事実と提案を丁寧に伝えても、相手が最初から話を聞こうとしないこともあります。そのときは、伝え方の問題ではなく、その関係そのものに問題があるのかもしれません。伝え方を変えても変わらないものまで、自分の伝え方のせいにする必要はありません。それでも、小さな一言を重ねるたびに、飲み込んできた言葉を自分の言葉として取り戻す一歩になります。
※ 出典: エイミー・エドモンドソン(ハーバード・ビジネス・スクール)"Managing the Risk of Learning: Psychological Safety in Work Teams"、山口裕幸「働き方の創造的変革を実現するチーム・プロセスとコミュニケーション」日本労働研究雑誌No.781(労働政策研究・研修機構、2025年)、厚生労働省「令和6年 労働安全衛生調査(実態調査)の概況」、厚生労働省「こころの耳」労働者個人向けストレス対策(セルフケア)のマニュアル・実践編。
※ 江原 和比己(えはらかずひこ)—— 産業カウンセラー(日本産業カウンセラー協会認定)/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員/かずな総合研究所 代表。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。100kmウルトラマラソン完走者。