「大丈夫です」と口にしながら、本当は誰かに助けてほしかった。そんな場面に心当たりがある働く男性に向けて、心理学の研究は、助けを求めにくくなるのは生まれつきの性格ではなく幼いころからの学習の結果だと説明しています。
なぜ、男性ほど「助けて」と言いにくくなるのか
男の子は幼いころから、「男は泣くな」というメッセージにさらされて育ちます。このメッセージを浴び続けることで、弱さを見せない振る舞いが「男らしさ」の一部として身についていく、と心理学では説明されています。助けを求める行動も、この「弱さを見せない」振る舞いの一部として避けられやすくなっていきます。
アメリカの心理学者ヴォーゲルらは、人種や性的指向が異なる複数の集団を含む4,773人の男性を対象に調査を行いました。こうした男らしさの規範にどれだけ同調しているかと、助けを求めることへの気持ちや態度との関連を調べています。
結果は、規範への同調が強い男性ほど、助けを求めることへの自分を責める気持ち(セルフスティグマ)が強いというものでした。そして、この気持ちが強い男性ほど、相談への態度が否定的になるという関連も見られました。こうしたつながりは、どの集団でも同じように見られました。
男らしさの規範への同調から、相談への態度に至る関連
男らしさの規範への同調
「弱さを見せない」振る舞いへの同調度。
自分を責める気持ち
助けを求めることへのセルフスティグマ。
相談への否定的な態度
助けを求めることへの評価が否定的になる。
(Vogel, D. L., et al.「'Boys Don't Cry'」Journal of Counseling Psychology, 58(3), 2011年。4,773人の男性を対象に、専門的なカウンセリングを求める態度を調べた一時点の調査データによる分析)
規範は根強く、行動はさらに難しい
この規範は、日本の男性にも及んでいます。内閣府男女共同参画局は2012年に公表した調査で、「男は弱音を吐くべきではない」という考え方に同意するかを尋ねました。
結果は、男性の約46%が同意し、女性の同意は約18%にとどまるというものでした。この考え方について尋ねた項目の中でも、もっとも男女差が大きい項目でした。
同じ調査は、考え方とは別に、実際の行動についても尋ねています。「他人に弱音を吐くことがある」と答えた男性は約28%、「悩みがあったら気軽に誰かに相談する」と答えた男性は約17%です。考え方として同意する人が半数近くいても、実際に弱さを見せる、自分から相談を持ちかけるとなると、さらにハードルが高くなっています。
(内閣府男女共同参画局「『男性にとっての男女共同参画』に関する意識調査報告書」2012年)
考え方の上でも、行動の上でも、男性が「助けて」と言いにくい傾向は根強く残っています。
職場の「男らしさ」要求が、心を疲弊させる
同じ規範は、職場では別の形で表れます。筑波大学の渡邊寛による2019年の研究では、20代から50代の働く男性820人を対象に、上司から「男らしさ」を求められる度合いと心の状態との関連を調べました。
結果は、上司から男らしさを求められる度合いが高い人ほど、上司への不信感と職場での居心地の悪さが強まるというものでした。加えて、男らしさへの要求は、上司への不信感や居心地の悪さとは別に、それだけでも精神的に不健康になりやすいことと結びついていました。次の図の数値は、いずれも偶然とは考えにくい確かな関連として確認されたそれぞれの結びつきの強さを表したもので、大きいほど関連が強いことを示します。
(渡邊寛「上司の男らしさ要求による男性の職場感情と精神的不健康への影響」心理学研究90巻, 2019年)
「弱さを見せるな」という圧力は、家庭でのしつけだけでなく、職場という日常の場でも繰り返しかかっています。声を荒げられなくても、上司から「男らしさ」を期待されていると感じるほど、心は疲弊していきます。
それでも、相談することは弱さの証明ではない
社会に根強く残る規範や、幼いころからの学習の結果だと聞くと、変えるのは難しそうに思えるかもしれません。ですが相談は、弱さの証明ではなく、状況を変える選択肢の一つとして持っておいてほしいものです。
実際のところ、仕事のストレスについて相談できる相手が誰もいないという男性は少数です。厚生労働省の令和7年労働安全衛生調査では、男性全体のうちそう答えた人は5.3%でした。9割以上の男性には、話せる相手がいます。
先に見た「気軽に相談するほうである」という17%は、日頃の習慣を尋ねたものでした。これとは別に、厚生労働省の令和7年調査は「一度でも相談したことがあるか」という、経験があるかどうかも尋ねています。相談できる相手がいる男性のうち、実際に相談したことがある人は68.3%です。
逆にいえば、相談できる相手がいる男性の中でも、実際には話していない人が3割ほどいます。男性全体で見ても、話す相手がいるのに話していない人は3割近くにのぼり、相手がいないという5.3%よりも大きな障害になっています。参考までに、相談できる相手がいる女性のうち、実際に相談したことがある人は74.6%で、男性より高くなっています。
(厚生労働省「令和7(2025)年 労働安全衛生調査(実態調査)の概況」第18表・第19表より算出)
大切なのは、相手がいないことではなく、その一歩をどう踏み出すかです。
何から言えばいいか
相談は、一度にすべてを話す必要はありません。最初の一歩は、「聞いてほしいことがある」くらいの、小さな一言で十分です。
「気持ちが整理できてから話そう」と思っていると、その日はなかなか来ないことも少なくありません。先に一言口に出してしまえば、気持ちは後から自然に整ってくることがあります。
話す相手は、いちばん親しい相手である必要もありません。厚生労働省の同じ調査では、実際に相談したことがある男性の相談相手として、「家族・友人」が63.3%で最多、次いで「上司」が58.9%となっています。話していて気が重くならない相手が身近にいれば、そこから始められます。
一人に話してみて、思ったほど反応が返ってこないこともあります。それは、その人がずっと分かってくれない人だと決まったわけではありません。タイミングや聞き方によって、同じ相手でも受け止め方は変わります。一人の反応だけで「話しても仕方ない」と結論づけず、別の相手や別の機会に、もう一度試してみることもできます。
身近に話せる相手が本当に見つからないときは、疲れの度合いを測るところから始めるセルフケアで紹介している、国の無料電話相談も使えます。一言、声に出してみることから始められます。
この「言い出せない」傾向は、相談の場面に限りません。会議での発言など、意見を飲み込みやすい場面全般については、職場で自己主張できないときで詳しく扱っています。
※ 出典: Vogel, D. L., Heimerdinger-Edwards, S. R., Hammer, J. H., & Hubbard, A.(2011)「'Boys don't cry': Examination of the links between endorsement of masculine norms, self-stigma, and help-seeking attitudes for men from diverse backgrounds」Journal of Counseling Psychology, 58(3)。内閣府男女共同参画局「『男性にとっての男女共同参画』に関する意識調査報告書」2012年。渡邊寛(筑波大学)「上司の男らしさ要求による男性の職場感情と精神的不健康への影響」心理学研究90巻, 2019年。厚生労働省「令和7(2025)年 労働安全衛生調査(実態調査)の概況」。
※ 江原 和比己(えはらかずひこ)—— 産業カウンセラー(日本産業カウンセラー協会認定)/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員/かずな総合研究所 代表。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。100kmウルトラマラソン完走者。