もう無理かもしれない。そう思っていたところに「大丈夫?」と声をかけられ、気づけば「大丈夫です」と答えていた。そんな経験があるなら、次に同じ場面が来たときにできることがあります。
その場で答えを出さず、返事を待ってもらいます。待ってもらっている間に、いまどこまでなら引き受けられるのかを確かめ、確かめてから、あらためて伝えます。
「大丈夫です」は、自分を大切にしていない伝え方に当たる
厚生労働省の「こころの耳」に、働く人向けのセルフケア研修のマニュアルが公開されています。研修を実施する人に向けたもので、受講者に伝える内容として自己表現の仕方を4つに分けています。
そのうちのひとつ「非主張的な自己表現」は、「相手を大切にしているが、自分を大切にしていない伝え方」と説明されています。特徴は「相手の意見を優先してしまい、自分の気持ちや考えを表現しない、できない」こと。つらいときの「大丈夫です」は、ここに当てはまります。
マニュアルは、この伝え方の「起こりうる結果」もあわせて挙げています。自分の気持ちが相手には伝わらず、「わかってもらえなかった」という感じが自分の中に残りやすくなります。ストレスや負担もため込みやすくなります。
その場をしのぐこと自体が悪いわけではありません。マニュアルが挙げているのは、それが続いたときにたまっていくもののほうです。
この仕組みが実際にどう起きるかは、note の記事「つい「大丈夫です」と言ってしまう——本音を後回しにする仕組みの話(外部サイト・新しいタブで開きます)」にまとめています。
その場で答えを出さず、返事を待ってもらう
なぜ言ってしまうのかの理由を突き詰めなくても、次の場面での答え方は変えられます。用意しておくのは、答えるのを一度止める一言です。
「今日中に確認して返します」「明日の朝、あらためて伝えます」。いつまでに返すかを添えると、相手も待ちやすくなります。
これは断ることでも、ごまかすことでもありません。いま引き受けられる範囲を確かめてから答えると伝えているだけです。
相手が今すぐの返事を求めている場面もあります。そのときは、いま分かっていることだけを答えます。「今日の分は終えられます。明日以降は確かめさせてください」のように、確かなところと、まだ確かめていないところを分けて伝えます。
すでに「大丈夫です」と答えてしまった後でも、戻れます。「さきほど大丈夫と言いましたが、確かめたいことがあるので夕方までにあらためて伝えます」。その場で言い直せなくても、あとから言い直せます。
この一言を使う相手は、上司だけとは限りません。同僚から仕事を回されるときも、家族から予定を聞かれるときも、同じように使えます。
聞かれる前に、どこまでなら引き受けられるかを確かめておく
同じマニュアルは、相手に伝えるときの要素のひとつとして、必要に応じて代替案を伝えることを挙げています。全部は引き受けられないときに出す案のことです。その準備として書かれているのが、「どこまで譲歩できるのか、事前に整理して明確にしておく」です。
確かめるのは、今の仕事量のうち何なら続けられるのか、何が増えたら続かなくなるのかです。今週なら持ちこたえられても、来月まで同じなら難しい。どれくらいの期間なら続けられるか、というところまで含めます。
紙に書き出すなら5分あればできます。「全部つらい」と思っていたものが、いくつかの項目に分かれることがあります。分かれれば、そのまま相手に伝えられます。書き出す手順は、ガイド記事「書く瞑想——5分でできる、感情の放電と前向きな充電」にまとめています。
確かめた結果、今のままで続けられると分かることもあります。続いているものを無理に変える必要はありません。ただし、眠れない、食欲がない、疲れやすいという変化が出ているなら、気持ちだけで決めず、その変化も材料に入れてください。
確かめたことを、あらためて伝える
待ってもらった返事は、自分から返します。返さないままにすると、確かめたことが相手には届きません。
伝えるのは、確かめた範囲です。「今の量なら今週までです。来週からは、この2件を誰かに回してもらえると続けられます」。できないことだけでなく、できることも一緒に伝えると、相手も段取りを組み直せます。
あとから言い直すのは、前言を取り消すようで気が引けるかもしれません。ただ、確かめてから答えると先に伝えてあるので、約束どおりに返しているだけです。
伝え方の型は、ガイド記事「職場で自己主張できないとき」にまとめています。事実・気持ち・提案・必要に応じた代替案の4つを1回の発言に入れる、DESC法という型です。
何度伝えても取り合ってもらえないなら、伝え方の問題ではないのかもしれません。そのときは、相手の返事を待たずに動かせるものを探すほうへ移ります。ガイド記事「限界なのに休めないとき、自分で動かせる3つ」にまとめています。
一度で全部を伝え直す必要はありません。ひとつ伝えるだけでも、次に聞かれたときの答え方は変わります。
気分の落ち込みや楽しめない状態が続くときは、医療機関に相談する
一日中気分が落ち込んでいる、何をしても楽しめない。こうした状態に、眠れない、食欲がない、疲れやすいといった体の変化が重なり、日常生活に大きな支障が出ているとします。この場合はうつ病の可能性があると、国立精神・神経医療研究センターは説明しています。
当てはまるところがあるなら、伝え方を考えるより先に、ひとりで判断せず精神科や心療内科に相談してください。内科などのかかりつけの医師に相談することもできます。
相談のときは、いつから気分の落ち込みが続いているか、睡眠や食事に変化があるか、仕事で何に困っているかを伝えてください。伝え方を変えられるかどうかではなく、今の心身の状態を確かめるための相談になります。
※ 出典: 厚生労働省「こころの耳」掲載、平成23年度厚生労働科学研究費労働安全総合研究事業「労働者のメンタルヘルス不調の第一次予防の浸透手法に関する調査研究」研究班『労働者個人向けストレス対策(セルフケア)のマニュアル・実践編』、2026年8月7日閲覧。国立精神・神経医療研究センター「こころの情報サイト」うつ病、2026年9月12日閲覧。自己表現の分類、非主張的な自己表現の特徴と起こりうる結果、代替案と譲歩の範囲についての記述は、いずれも同マニュアルの補足資料2「実施マニュアル」による。
※ 江原 和比己(えはらかずひこ)—— 産業カウンセラー(日本産業カウンセラー協会認定)/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員/かずな総合研究所 代表。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。100kmウルトラマラソン完走者。