来期から役職を外れることになった。そう告げられた日から、会議の場面が頭のなかで何度も再生される。それが昨日のことでも、半年前のことでも、始められる場所は同じです。
理由を告げられた人もいれば、告げられないままの人もいます。説明はされたけれど納得できていない人もいます。どの場合でも、まず実際に何が変わったのかを、一つずつ確かめるところからです。
立場が変わることは、それ自体が負荷になる
厚生労働省の令和7年「労働安全衛生調査(実態調査)」では、現在の仕事や職業生活に関することで、強いストレスとなっていると感じる事柄がある労働者は67.5%でした。
その事柄の内訳も調べられています。「ある」と答えた労働者を100としたとき、「役割・地位の変化等(昇進・昇格、配置転換等)」を挙げた人は17.7%です。年代別では、その年代で「ある」と答えた人を100としたとき、40〜49歳が22.6%で最も高く、ほかの年代は14.9%から17.9%の間です。
この項目が例に挙げているのは、昇進・昇格・配置転換です。上に上がる変化も、同じ項目のなかで数えられています。
なぜ負担になるのかまでは、調査からは分かりません。立場が変わると、日々の段取りも、誰に何を通すかも、しばらくは決め直しになります。この決め直しの重さが、上がったか下がったかとは別にかかってくるのだと考えています。
眠りが浅い。集中が続かない。思い出したくない場面が何度も浮かぶ。そういう日があっても、意志が弱いからではありません。ただし、それがどれくらい続いているかは、別に見ておきたいところです。
なお、この調査は令和6年に質問の形式が変更されているため、令和5年以前の数値と並べて比べるときには注意が必要だとされています。
何が変わって、何が手元に残っているかを書き出す
告げられた直後に、全部を失ったような感覚になる。そんな経験があるなら、その感覚は考え方のクセと関係しているかもしれません。
厚生労働省の「こころの耳」は、物事を「白か黒か」「成功か失敗か」の両極端に分けて考えてしまうタイプを「全か無か」思考として説明しています。わずかなミスでも完全な失敗と考えてしまうことがある、という説明です。
役職が外れた、だから自分に価値はない。この受け取り方が、ちょうどその形です。一つの役職について起きたことから、自分という人間の評価まで、一足飛びに結論が出てしまう。
同じ資料は、対処として「「できなかったこと」ではなく「できていること」に目を向けて、0〜100点で評価してみましょう」と勧めています。頭のなかだけで数えるのは難しいので、紙を左右に分けて書き出す形にすると、目で確かめられるようになります。
会社が決めて変わったこと
- 役職の名前。
- 決裁の権限。
- 出席する会議。
- 役職手当があれば、その分の給与。
自分が積み上げてきたもの
- 培ってきた知識。
- 判断の物差し。
- 社内外の人とのつながり。
- これまでの実績。
上の中身は書き出しの取っかかりで、答えそのものではありません。給与が大きく下がった、担当していた顧客ごと引き継ぐことになった、社内での呼ばれ方まで変わった。左の列が長くなることもあります。その場合は、それだけのことが起きたということです。
書き出す目的は、失ったものを小さく見せることではありません。左の列が長ければ、大きいことが起きたと分かる。右の列に何かが残っていれば、それはこの先も使えるものとして数えられる。どちらも、頭のなかで考えているうちは形になりません。
そして右の列に書いたもののうち、今もうまくいっているものは、無理に作り直さなくてよいと考えています。立場が変わったからといって、これまでの仕事のやり方まで一緒に変えようとすると、うまくいっていた部分まで崩れかねません。当面向き合う相手を左の列に絞れば、右の列はそのまま持っていられます。
「こころの耳」も、余裕がないときこそ偏った考え方にならないことが大切だとしています。余裕がないときに頭のなかだけで考えると、考えは片側に寄りやすい。だから紙に出す、という順番です。
給与や懲戒が絡むなら、就業規則の何を見るか
左の列に給与が入ったなら、制度としての扱いも確かめておきたいところです。給与の引き下げと懲戒は、片方だけのこともあれば、同時に起きることもあります。
懲戒として降格されたのであれば、まず就業規則を開きます。労働基準法は、常時10人以上の労働者を使用する使用者に対して、表彰と制裁の定めをする場合はその種類と程度に関する事項を就業規則に記載するよう求めています(第89条第9号)。会社の規模や運用によっては、探しても該当する定めが見つからないこともあります。その場合は、見つからなかったこと自体が、次に相談するときの材料になります。
給与が下がった場合は、それが今ある就業規則にもとづく運用なのか、労働条件そのものを変える話なのかで、見る先が変わります。労働条件を変更する場合について、労働契約法は、労働者と使用者の合意によると定めています(第8条)。合意なく就業規則を変更して不利益に変えることはできない、とも定めていますが、これには例外があり、周知や変更の合理性を条件とする規定が続いています(第9条・第10条)。
どちらにあたるかを一人で判定する必要はありません。厚生労働省の総合労働相談コーナーは、配置転換や賃金の引下げを含むあらゆる分野の労働問題を対象としており、予約は必要なく、利用は無料です。各都道府県労働局と全国の労働基準監督署内などに置かれています。
メンタルヘルス不調を会社に伝えたあとに降格や評価の引き下げが起きた場合は、また別の観点から考える材料があります。メンタルヘルス不調を理由に不利益な扱いを受けたと感じたときにまとめました。
職場での距離の取り方は、ご自身で決めていい
翌日からも同じ部屋に座ります。昨日まで自分に決裁を求めていた人が、隣にいます。
どこまで説明するかは、先に決めておくと迷わずに済みます。聞かれたら事実だけを短く答える。聞かれなければ言わない。その線を引いておくと、そのつど考えなくてよくなります。
顔を合わせづらいと感じるなら、気持ちが落ち着くのを待たずに動いてみる、という順番もあります。落ち着いてから普段どおりにしようとすると、始める日をいつまでも決められなくなりがちです。先に挨拶をして、先に手を動かす。そのうちに気持ちのほうが動くこともあります。動いてもつらさが残ることもあって、それは動き方が足りないからではありません。
周りの見方についても、決めつけずにおきたいところです。役職が外れた人という見え方が薄れていくこともあれば、しばらく変わらないこともあります。相手が何を考えているかは、話してみるまで分かりません。分からないうちに決めてしまわないほうが、こちらの動き方に幅が残ります。
一人で抱え込む必要はありません。「こころの耳」は、相談しても解決しない、相手に迷惑がかかるといった理由から、相談をためらう人は少なくないとしています。そのうえで、つらいときは無理をせず、上司・同僚・友人・家族・産業医など、話を聴いてもらえる人に相談することが大切だと勧めています。
転職や退職を決める日は、ご自身で選んでいい
辞めようか、という考えが浮かぶのは自然なことです。ただ、その結論を出す日は、ご自身で選べます。
選べない場合もあります。転職先から回答の期限を示されている、早期退職制度の応募期間が決まっている。そうした期限があるなら、そちらが先です。
国立精神・神経医療研究センターの「こころの情報サイト」は、うつ状態では物事の捉え方が否定的になり、自分がダメな人間だと感じてしまうこともあると説明しています。普段なら乗り越えられる問題も実際よりつらく感じ、イライラや焦る気持ちも出てくる、と続きます。
これはうつ状態についての説明ですが、診断のつく状態でなくても、落ち込みが強い時期には、思い浮かぶことが悪いほうに偏ることがあります。条件をきちんと検討していても、その検討にそのときの気分が影響します。だから判断そのものを止めるのではなく、いつ決めるかの日付だけを先に決めておく。それだけでも、調べ直したり人に聞いたりする時間が取れます。
その間に、なぜ外されたのかの理由を突き詰めようとしなくても構いません。原因が分かっても、次にどうするかは別に決めることになります。考えが同じところを回り始めたら、これまでとは違うことをひとつ試してみると、手元の材料が増えていきます。以前から気になっていた資格の必要な条件だけ調べてみる、興味のあった分野の本を一冊読んでみる、といったところからでいい。人を巻き込む話や、費用のかかる話は、その次に考えれば足ります。
役割が変わったあとで仕事に身が入らない状態が続くなら、仕事のやる気が出ないのは、怠けではないかもしれないもあわせて読んでみてください。
うつ病では、精神の症状に気づく前に体の不調が現れることもあるとされています。一日中気分が落ち込んでいる、何をしても楽しめないといった状態に加えて、眠れない、食欲がない、疲れやすいといった症状が現れ、日常生活に大きな支障が出ているなら、うつ病の可能性があります。
自己判断をせずに、総合病院の精神科や心療内科、精神科のクリニックなどに相談しましょう。内科などのかかりつけの医師に相談したり、保健所や精神保健福祉センターの相談窓口を利用することもできます。
同センターは、原因と思われる問題を解決しても気分が回復せず、日常の生活に大きな支障が生じることがある、とも説明しています。役職の件が一段落したのに、眠りの浅さや集中しづらさだけが残っているなら、状況が変わればそのうち戻るはずだと待たなくてかまいません。同センターは、うつ病かなと思ったら早めに専門家に相談することが大切だとしています。
役職は、会社の仕組みのなかで担当と権限に付けられた呼び名だと考えています。呼び名が外れたあとに何が残っているかは、数えてみるまで分かりません。今、手元にあるものを一つ挙げるとしたら、何になるでしょうか。数え上げた中身は人によって違い、その違いこそが、この先どう働くかを決めるときの材料になります。
※ 出典: 厚生労働省「令和7(2025)年 労働安全衛生調査(実態調査)の概況」、2026年9月10日閲覧。厚生労働省「こころの耳」セルフケア探偵 依頼2「極端な思考」編、2026年9月7日閲覧。労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第89条(e-Gov法令検索)、2026年9月7日閲覧。労働契約法(平成十九年法律第百二十八号)第8条・第9条・第10条(e-Gov法令検索)、2026年9月7日閲覧。厚生労働省「総合労働相談コーナーのご案内」、2026年9月7日閲覧。国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター「こころの情報サイト」うつ病、2026年9月7日閲覧。役割・地位の変化等に関する数値は、労働安全衛生調査の概況第17表による。
※ 江原 和比己(えはらかずひこ)—— 産業カウンセラー(日本産業カウンセラー協会認定)/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員/かずな総合研究所 代表。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。100kmウルトラマラソン完走者。