成果を報告して、上司から「よくやった」と言われた。その場ではお礼を言いながら、頭の中では「今回はたまたま条件が良かっただけだ」と打ち消している。いつか実力がないことを見破られる気がする。そんな経験があるなら、その感覚は40年以上前から研究されていて、インポスター症候群という呼び名がついています。
この感覚には名前がついている
1978年に、心理療法の専門誌に、インポスター現象(impostor phenomenon)という言葉を使った論文が発表されました。著者の2人が、5年のあいだに関わった150人以上の女性を観察してまとめたものです。博士号を持つ人、専門職として評価されている人、成績優秀な学生が含まれます。
論文はこの言葉を、自分は実力を偽っているのだという、内側の感覚を指すものとして使いました。外から実績がどれだけ見えていても、本人の中ではそれと別のことが起きている、という説明です。インポスター症候群という呼び方は、この現象を指す別の名前です。
ただし、これは精神医学の診断名ではありません。複数の研究を集めて検討した2020年の論文は、アメリカ精神医学会の診断マニュアルにも、世界保健機関の国際疾病分類(第10版)にも、診断として載っていないと述べています。
1978年の論文は女性を対象にしたものでしたが、この感覚が女性に限られるわけではありません。同じ2020年の論文は、男女いずれにも、また10代から長年働いてきた専門職まで、幅広い年齢層に見られると報告しています。
成果を重ねても、それだけでは変わらない
この感覚の中心にあるのは、成果が足りないことではなく、その成果がどこから来たと考えるかです。
1978年の論文は、女性たちが自分の成功を、自分の能力以外の理由で説明する様子を記述しています。試験の高得点は運のおかげ。あるいは採点の間違いや、教授の判断ミス。うまくいったのは人一倍努力したから。まわりの人をうまく欺いてきたから。感じの良さを買われただけ。
仕事の場面なら、案件がうまくいったのはタイミングが良かったから、部下が優秀だったから、相手と相性が良かったから、という説明になるかもしれません。
努力を理由に挙げるのは、自分の手柄を認めているようにも見えます。けれども論文は、彼女たちが努力を、そのときかぎりの一時的な要因として扱い、生まれ持った能力とは結びつけていない、と述べています。運も努力も、本人の中では能力の証拠に数えられていません。
そして、学位も、表彰も、テストの高得点も、同僚や目上の人からの評価も、自分でも成功したという実感にはつながっていなかった、と論文は述べています。
新しい成果を積み上げただけで、この繰り返しから抜け出せた人は見ていない。論文はそう書いています。もっと実績を積めばいつか安心できると思って努力を重ねてきた人には、こたえる一文かもしれません。ただ、成果を積むことのほかにも、手をつけられるところがあります。
その感覚を保ち続ける4つの行動
同じ論文は、この感覚がいったん定着したあと、それを保ち続ける働きをする行動を4つ挙げています。女性たちを観察して得られたもので、いくつかが当てはまることはあっても、4つすべてに当てはまる人はまれだ、とされています。読みながら、思い当たるものがないか探してみてください。
1つ目は、猛烈に働くことです。見破られるのが怖いので、それを防ぐために人一倍努力する。努力は実際に良い成果につながり、周囲から認められる。認められればうれしくなります。けれども、そのうれしさは長続きしません。自分は偽物だという感覚のほうは、何も変わっていないからです。そして、次の不安が始まります。
猛烈に働くことが感覚を保つ悪循環
能力への不安
見破られるのではないか。
猛烈に働く
見破られないよう、人一倍努力する。
良い成果
実際に良い仕事につながる。
認められる
しばらく安心するが、長続きしない。
(Clance & Imes, 1978)
2つ目は、本当の考えを言わないことです。自分の意見をそのまま出す代わりに、上司や同僚が何を聞きたがっているかを読み取って、それを言う。本当の考えを出さないままでいるかぎり、それが人にどう受け取られるのかを、試す機会がなくなります。
意見を飲み込んでしまう場面が続いているなら、職場で自己主張できないときもあわせて読んでみてください。
3つ目は、人あたりのよさで評価を得ることです。親しみやすさ、ユーモア、相手の気持ちを読む力を使って、目上の人に認めてもらう。ところが、その相手が能力を認めてくれても、その言葉を信じられません。中身ではなく感じの良さを見て言っているのだと受け取り、評価を割り引いてしまう。割り引いたぶん、また別の誰かに認めてもらおうとして、同じことを繰り返します。
4つ目は、自分を低く見たままでいることです。論文は、能力に自信を示した女性が当時受けやすかった否定的な反応を挙げています。自分は賢くないという見方を保っていれば、その拒絶は避けられる。本人がそう考えることが、自分の評価を低いままにしておく理由になる、という説明です。
保ち続ける行動に、一つずつ手をつける
1978年の論文の後半は、この感覚をどう変えていくかを扱っています。治療で使われた課題の一つが、能力を認める評価を受け取ったときに、その評価と、自分がそれをどう受け入れずにいるかを、対にして書き留めることです。
書き留めるのは、実績の一覧ではありません。受け取った評価と、そのとき頭に浮かんだ言葉を、対にして書きます。
たとえば、資料の出来をほめられたときに、頭の中で「あの案件は条件が良かった」と付け足していたなら、その付け足しを書きます。まわりに助けられたことや、運が良かったことを認めるのは、事実の確認です。確かめたいのは、そこにご自身の働きを一つも数えていないかどうかです。
もう一つ、論文は、働きすぎの習慣を減らすときは、小さな段階に分けて進めるよう勧めています。急にやめようとすると、強い不安が起きるか、慣れた元のやり方に戻ってしまうからです。
真面目さや責任感が働きすぎにつながる仕組みは、真面目・責任感が強い人が無理をしてしまう理由で詳しく扱っています。
それから、話してみることです。2020年の論文は、この感覚を持つ人が、こう感じているのは自分だけだと考えやすく、そのぶん孤立が深まると述べています。1978年の論文も、一人が打ち明けると、ほかの人も打ち明けられるようになると書いています。
同論文は、同じ感覚を持つ人が集まるグループでの取り組みを強く勧めています。2020年の論文も、同じ立場の人どうしが疑いや失敗の感覚を話し合うグループ療法への紹介は、とくに助けになりうると述べています。
確かな実績のある人が、自分の力をひどく低く見積もっているのを目にすることがあります。その見方が現実と合っていないことは、外からならはっきり分かります。同じずれが、ご自身にも起きているかもしれません。
そして、認めてもらうために、本当はしたくない言動をしている場面があるなら、それを一つだけ控えてみる。たとえば、賛成できない案に合わせてうなずくのをやめてみる。論文は、そうやって自分のままで振る舞ってみても、恐れていた通りのことはたいてい起こらないと書いています。
まずは、受け取った評価を一つと、そのとき頭に浮かんだ言葉を書き留めるところからで十分です。
気分の落ち込みが続いているときは
2020年の論文は、この感覚が抑うつや不安と同時に見られることが多く、仕事の出来や職務満足、燃え尽きとも関連していると報告しています。
一日中気分が落ち込んでいる、何をしても楽しめないといった状態に、眠れない、食欲がない、疲れやすいといった体の不調が重なり、日常生活に大きな支障が出ているなら、うつ病の可能性があります。
国立精神・神経医療研究センターの「こころの情報サイト」は、自己判断をせずに、総合病院の精神科や心療内科、精神科のクリニックなどに相談するよう勧めています。内科などのかかりつけの医師に相談したり、保健所や精神保健福祉センターの相談窓口を利用することもできます。
同サイトは、うつ状態では物事の捉え方が否定的になり、自分がダメな人間だと感じてしまうことがある、とも説明しています。ここまで見てきた感覚と重なっていることもあります。
気分の落ち込みが続いているなら、一人で記録を進めるより、相談することが先になります。
※ 出典: Pauline R. Clance, Suzanne A. Imes「The Imposter Phenomenon in High Achieving Women: Dynamics and Therapeutic Intervention」(Psychotherapy: Theory, Research and Practice, 15(3))、1978年、2026年9月9日閲覧。Dena M. Bravata ほか「Prevalence, Predictors, and Treatment of Impostor Syndrome: a Systematic Review」(Journal of General Internal Medicine, 35(4))、2020年、2026年9月10日閲覧。国立精神・神経医療研究センター「こころの情報サイト」うつ病、2026年8月20日閲覧。
※ 江原 和比己(えはらかずひこ)—— 産業カウンセラー(日本産業カウンセラー協会認定)/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員/かずな総合研究所 代表。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。100kmウルトラマラソン完走者。