勇気を出して、上司や相談窓口にハラスメントのことを話した。それなのに、対応は「話を聞くだけ」で終わり、しばらくして「あなたの受け止め方の問題では」と言われた。そんな経験があるなら、それは気のせいでも、あなたの伝え方が悪かったからでもありません。
相談したことによって新たに受ける被害は「セカンドハラスメント」と呼ばれます。これは法律で定められた用語ではなく、こうした被害を指す通称です。珍しいことではありません。
相談した「後」に、何が起きているのか
労働施策総合推進法30条の2第2項は、パワーハラスメントについて相談したことを理由に、解雇その他の不利益な取扱いをすることを禁止しています。セクシュアルハラスメントについては、男女雇用機会均等法11条2項が同じ趣旨の禁止を定めています。
厚生労働省の指針は、この禁止を労働者に知らせることと、相談者のプライバシーを守ることを、事業主の義務として定めています。厚労省のハラスメント総合情報サイト「あかるい職場応援団」も、相談を受けた担当者に対して、問題をもみ消そうとしたり相談者を責めるような言動は厳禁だとしています。
しかし実際には、この基準どおりに対応されるとは限りません。厚生労働省の令和5年度の実態調査では、勤務先がハラスメントを把握した後の対応として「特に何もしなかった」と答えた人が、パワハラで53.2%、セクハラで42.5%にのぼりました。同じ調査で、相談したことを理由とした不利益な取扱い——解雇・降格・減給・不利益な配置転換など——を受けたと答えた人も、パワハラで6.1%、セクハラで10.0%います。
(厚生労働省「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書」2024年3月。対象はハラスメントを勤務先が認識していたと回答した者。パワハラn=573、セクハラn=120)
対応が進まないだけでなく、話を聞いた担当者から「受け止め方の問題では」と言われる、相談した事実が周囲に伝わって職場に居づらくなるなど、相談した後に新たに受ける被害があります。
なぜ、相談したことでかえって深く傷つくのか
学校・軍・企業のような、人が安全と支えを求めて頼る、力のある組織。そんな組織が、その信頼を裏切るように行動する——心理学者ジェニファー・フレイドらは、これを「組織的裏切り」と名づけました。
組織的裏切りが起きると、心の傷は元の出来事だけにとどまりません。もともと大学での性暴力の被害者を対象にした研究から生まれた考え方ですが、職場での性的な嫌がらせを経験した人を対象にした調査(317人)でも、被害を訴えたときの組織の対応がひどいと、心と体にさらに負担がかかることが分かっています。
組織的裏切りが心の傷を重くする仕組み
信頼して相談・報告する
組織が守ってくれると期待して打ち明ける。
組織の対応が信頼を裏切る
何もしない、責める、不利益な扱いをする。心理学ではこれを「組織的裏切り」と呼ぶ。
元の被害に新たな傷が重なる
この上乗せが、心の傷を深くする。
相談した後の対応で深く傷ついたと感じるなら、それはあなたが弱いからでも、大げさに受け止めているからでもありません。信頼を裏切られたことへの、当然の反応です。
対応のまずさか、法律で保護される不利益取扱いか
セカンドハラスメントと一口に言っても、法律で保護されるかどうかは対応の内容によって分かれます。相談したことを理由に、解雇・降格・減給・不利益な配置転換など、はっきりとした不利益な扱いを受けた場合は、明確な不利益取扱いにあたります。根拠となる法律はハラスメントの種類によって異なり、パワーハラスメントなら労働施策総合推進法30条の2第2項、セクシュアルハラスメントなら男女雇用機会均等法11条2項が、それぞれ禁止しています。
一方、「話を聞くだけで具体的な対応がない」「信じてもらえない」といった対応は、厚労省の指針が求める望ましい対応とは言えなくても、これらの法律が禁止する不利益取扱いには直接あたらないことがあります。指針が求める基準と、法律で違法とされる範囲は、同じではありません。
相談した後に起きたこと
相談を理由とした解雇・降格・減給など
法律で保護される、明確な不利益取扱い。
話を聞くだけ・信じてもらえない
違法とまでは言えない、対応の質の問題。
自分の状況がどちらにあたるか、法律の保護がどこまで働くかは、メンタルヘルス不調を理由に不利益な扱いを受けたと感じたときで詳しく扱っています。
対応の質にとどまる場合、会社が実際にどう対応すべきかは、ハラスメント相談をしても、何も変わらなかったと感じるときで扱っています。
「相談しなければよかった」と自分を責めていないか
つらい対応を受けたあと、「相談しなければよかった」「言わなければ今のままだった」——そんな思いがよぎることがあるなら、それだけ対応につらい思いをさせられた証拠でもあります。
うまくいかなかったのは、声を上げたという判断ではなく、組織の対応です。この2つを一緒くたにしてしまうと、「二度と誰にも相談しない」という選択につながりかねません。対応が悪かったとしても、次に別の窓口を試すことはできます。声を上げたことは、これからの自分の判断を縛る失敗ではありません。
相談した後に何が起きるかは、組織の対応次第で大きく変わります。あなたの相談の仕方が悪かったから今の結果になった、と決めつける根拠はどこにもありません。
次に、どう動くか
最初の対応に納得できないのは、当然のことです。ただ、それで手立てがすべて尽きたわけではありません。
まず自分でできることは、起きたことを記録に残すことです。いつ、誰が、何を言ったかを書き留めておくと、次に誰かに説明するときの助けになります。具体的な記録の取り方は、メンタルヘルス不調を理由に不利益な扱いを受けたと感じたときにまとめています。
そのうえで、最初に対応した窓口の担当者がすべてではなく、別の窓口や別のタイミングでは対応が変わることもあります。社内の別の窓口や上位の担当者に相談し直す、あるいは労働局の総合労働相談コーナーのような社外の窓口を使うという選択肢もあります。あかるい職場応援団も、人事・労務担当者に聞きづらい、相談窓口に相談しにくいと感じるときは、社外の相談窓口に相談するよう勧めています。
別の窓口に相談し直すとき、話した内容がどこまで伝わるかが気になる——そんな不安があるなら、会社の相談窓口を使ったら、相談内容は会社に伝わるのかで、窓口ごとの違いをまとめています。
相談した後に何が起きたかを整理し、記録に残し、必要なら窓口を変える。この一つひとつが、状況を前に進める力になります。
※ 出典: 厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年)、労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律第30条の2、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律第11条第2項、厚生労働省「あかるい職場応援団」Q&A、厚生労働省「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書」(2024年3月)、Smith, C. P., & Freyd, J. J.(2013)"Dangerous Safe Havens: Institutional Betrayal Exacerbates Sexual Trauma" Journal of Traumatic Stress, 26(1)、Smith, C. P., & Freyd, J. J.(2014)"Institutional Betrayal" American Psychologist, 69(6)、Smidt, A. M., Adams-Clark, A. A., & Freyd, J. J.(2023)"Institutional courage buffers against institutional betrayal..." PLOS ONE, 18(1)。
※ 江原 和比己(えはらかずひこ)—— 産業カウンセラー(日本産業カウンセラー協会認定)/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員/かずな総合研究所 代表。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。100kmウルトラマラソン完走者。